リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

寄稿

武蔵野美術大学におけるリュック・フェラーリ映像インスタレーション『思い出の循環』

ついに完成しました! 巨大な流線型をなすの壁面一杯の映像と、それらを取り囲むように設置された12個のスピーカー。 躊躇せず、ぜひその映像に近づいてみて下さい。 時には中央に用意してある椅子に腰掛けて、ゆっくりとその世界の中を堪能してみて下さい。…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ6

ちょっと間が空いてしまった。そして、前回言及した《ファーウェストニュース》は上演されないことになったので、今回は《逸話的なもの Les Anecdotiques》について、話そう。 これは、以前にリュック・フェラーリがピエール・シェフェールと訣別するきっか…

いよいよ明日! 『センチメンタルテールズ 〜in memory of Luc Ferrari〜』

いよいよ明日、西麻布SuperDeluxeにて本番です!永田一直によるDJあり、ジャクリーヌ・コー監督による映像作品の上映あり、大友良英のライヴ演奏あり、8chマルチスピーカーによるフェラーリ作品の鑑賞あり(オペレーションを担当されるブリュンヒルド・フェ…

「想像する。創造する。」

私は普段、舞台音響の仕事をしているのですが、一緒に働いていた照明家の方が、「僕は、子どもの運動会でも、写真を撮るだけなんです。ビデオだと全てが記録されるけど、写真だと記録されるのはその一瞬で、その前後のことを思い出したり想像したりして、話…

ドライブ中に聴くリュックフェラーリ作品は何が良いか?

私は1週間に4〜5日は車で通勤しているのですが、ここ2〜3ヶ月は、フェラーリ関連イベント前ということで、カーステレオから流れてくるのはフェラーリ作品のヘヴィーローテーションです。どの作品がドライブ中に最適なんだろうかな? なんて思いながら聴いて…

11月17日(土)@ジーベックホール 上演システムについて

11月17日(土)「ヘールシュピール(ラジオドラマ)の諸相〜センチメンタルテールズ」@ジーベックホールの上演システムは、「アクースモニウム」と呼ばれている音響装置を使用します。所謂、立体音響を演出するスピーカー装置です。通常10数チャンネルから、…

Luc Ferrari作品との出会い 〜ビターテイストな・・・センチメンタル〜 其の3

どうしても受け入れることができなかった「strathoven」・・・ この作品を受け入れることが出来たのは、なんと更に約9年後の2006年だった。2006年9月23日(土)、私は檜垣智也君と大阪市の平野区にあるお寺・全興寺でアクースマティック・コンサートを企画し…

センチメンタルテールズ 〜in memory of Luc Ferrari〜

11月11日(日)に西麻布のSuperDeluxeで行われるイベント、『センチメンタルテールズ 〜in memory of Luc Ferrari〜 8chマルチスピーカーで聴くフェラーリ作品と関連映像作品の上映』のプログラムの詳細についてご説明します(以下、http://d.hatena.ne.jp/c…

Luc Ferrari作品との出会い 〜ビターテイストな・・・センチメンタル〜 其の2

前回の投稿から早1週間が過ぎてしまいました。前回の締めくくりが「ピンクフロイドの海賊版にしておけば良かった、、」だったので、「おいおい、じゃあリュックフェラーリの作品って面白くないのかよ!」ってなお叱りを頂く気配も漂っているので、というより…

リュック・フェラーリとの出会い7

そして、いよいよ、お目にかかるのだが、実際は余りにあがってしまって、聞きたいことを訊くので精一杯で、他のことに余り目がいかなかったというのが正直なところ。ただ、アトリエの壁にかかっていた『世界の起源』の絵と、不思議な上半身だけのマネキンは…

リュック・フェラーリとの出会い6

というわけで、1999年、20世紀も押し詰まって、リュック・フェラーリへのインタビューが実現するのであった。場所は、ナシオンのメトロ駅近くの、アトリエ・ポストビリッヒ。これはヴォルテール通りからちょっと入った、ヴォルテール団地(?cité というのを…

リュック・フェラーリとの出会い5

というわけで、いろいろと『ユリイカ』には書かせてもらっていて、一時期、大里さんがフランスにいた頃に担当だった「カルチャーマップ」のフランス篇も、時々、担当させてもらったりした。その時は、それらの連載を一つにまとめて「記憶」についての一書を…

リュック・フェラーリとの出会い4

しかし、90年代は何しろ生きるのに精一杯だった、と言っても過言ではない。パリ東洋語学校は容赦なく二年の任期でクビを切られ、いろいろと相談したフランス人教師たち、東大の比較の先輩であるはずのジャン=ジャック・オリガス、東大での恩師であるアラン…

リュック・フェラーリとの出会い3

私は1989年の4月から東大助手(フランス語科)として働くことになったので、しばらくはフランスともお別れであった。助手をしばらくやった後で、どこかの常勤の職を得るというのが、当時の普通のパターンだったのだが、それが、音楽学では何のポストもない、…

リュック・フェラーリとの出会い2

その大里さんもやはり、リュック・フェラーリのファンであった。(そして、近藤譲ファンでも!彼は、近藤譲の初期作品 ― おお、タイトルを忘れた、トランペットソロの作品だったと思う ― の貴重な音源を持っていて、それを日本に一時帰国していた時に、彼の…

リュック・フェラーリとの出会い1

こうして「ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ」でも述べたように、私がリュック・フェラーリと出会ったのは、近藤譲の著書『線の音楽』の中でが最初であった。そこには、何も手つかずの環境音がただひたすら録音されているだけの作品として《ほとんど何…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ4の補遺の訂正

ああ、何てややこしい。というわけで、「Numero Quatro ヌメロ・クアトロ」について、三つの作品で使われていると述べたのだが、ちょっと不安になったので、もう一度《盲人の階段》を聴き直してみた。すると……、ないのである。よーく考えてみると、この《逸…

Luc Ferrari作品との出会い 〜ビターテイストな・・・センチメンタル〜 其の1

私がLuc Ferrari作品をはじめて聴いたのは、確か大学3〜4年のときだったような気がする。「Acousmatrix 3」というCDを心斎橋のCD屋さんで入手したのがきっかけだった。大阪芸大の音楽工学コースに在籍していたので、授業中にいろいろな電子音楽やミュージッ…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ5

さて、今回上演されるリュック・フェラーリ作品の中で一番、ヘールシュピールらしい(ということは、ラジオで上演されるドラマらしいとも言える)ものは、《ファー・ウエスト・ニュース》No.2 であろう。これは1998年9月にアメリカ演奏旅行をしたフェラーリ…

石上和也上演作品の紹介です。タイトル「須磨2012 short version」

今回上演させていただく作品「須磨2012 short version」は、「2nd49」「須磨」の2作品の音素材を使用して制作しました(というか、現在制作中です)。 「2nd49」は、2006年、ドイツ国営放送でのヘールシュピール作品として制作した49分49秒の作品で、「父親…

リュック・フェラーリとは誰であったか〜開閉、遺伝子組み換えアーカイヴ、ほとんど何もない第二番から〜

渡辺愛です。2009年2月14日、東京・飯田橋の日仏学院でリュック・フェラーリの作品をいくつかアクースモニウム演奏しました。その際にプログラムに寄稿した文章を転載します。4年も前の文なので、ちょっと恥ずかしいところもありますが...。 なお、「ほとん…

かつふじたまこ上演作品の紹介です タイトル『私のおうちを壊さないで〜Don't Destroy My Home〜』

タイトル『私のおうちを壊さないで〜Don't Destroy My Home〜』この作品は主に、私の実家に眠っていたオープンテープに録音されていた、若き日の父や幼い姉や私(?)の声、そして数十年の時を隔ててHDに録音された甥っ子達の声で構成されています。つまり、…

ヘールシュピール。世界の音。私のセンチメンタル。

ジャクリーヌ・コー著『リュック・フェラーリとほとんど何もない』の帯の言葉「100人の聴衆に100の音楽がある、私はマイク。」を見てドキッとしたのを覚えている。作品を作るようになってから、ぼんやりと耳を澄ますことが多くなった。 街の中で、電車の中で…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ4の補遺

ちなみに、この《逸話的なもの》の最初のエピソード、マドリッドでのそれはまた、「ヌメロ・クアトロ」(4番さん?)というタイトルがあり、まさにその言葉がさまざまな人物によって連呼されるのだが、これは1991年の《盲人の階段》にも登場するし、未発表の…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ4(逸話的音楽を通って)

《異型接合体》をフェラーリは「逸話的音楽」と名付けた。つまりそれは、何かを物語っているのだが、それは「アネクドート」、「逸話」なのであって、大した話ではないのだ。日本語で「逸話」の「逸」は、「逸脱」の「逸」だと知ったら、リュックは手を叩い…

音遊び・録音の記憶 〜センチメンタルな思い出〜 その2

私が子供の頃、今みたいにビデオカメラなんかは庶民の家庭にはなかった。 当時8mmフィルムのカメラを持っていて自宅で上映会を開くことが出来るのはで裕福な家庭だった。クラスに一人くらいしか持ってなかった気がする。そんなドラえもんのスネ夫のような奴…

音遊び・録音の記憶 〜センチメンタルな思い出〜

私が音に興味を持ったのは、恐らく2〜3歳の頃だと思う。 父親のクラシック・ギター、ビー玉が私のオモチャだった。 ギターの弦の上にビー玉を転がして、変な音がするのを楽しんでた。 父親はカセットテープレコーダーで私の声を録音してくれていた。 恐らく2…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ3(またはその逆)

《ほとんど何もない第二》は、「こうして夜は私の多重頭脳の中で続いて行く」という副題がついている。(余談だが、このタイトルはいつもアンリ・デュティユーの弦楽四重奏曲「こうして夜は」を思い出させる。何か関係がありそうだけど……。)これはまさしく…

ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ2

私にとっては、だからまずフェラーリの「逸話的音楽」があって、そこから彼のさまざまなラジオへの取り組みを知るようになった。そして《ほとんど何もない第一 Presque rien no.1》については、当時はレコードも手に入らず、CDなどは存在せず、近藤譲氏もど…

ラジオ・ドラマ4(ラジオ・ドラマからヘールシュピールへ)

ピエール・シェフェールは、ミュージック・コンクレートを「高級な」音楽にしたかった。そのためには「抽象的な」音楽である必要があったのだ。『音楽的オブジェ論』を書いて、ミュージック・コンクレートのソルフェージュを完成させたのも、そのせいだ。し…