リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

中村麗「リュック・フェラーリの曲「Und So Weiter」との出会い」

 

全国2万5千人のリュック・フェラーリファンのみなさま、こんばんは。

 

本日は、いよいよ来月、2月8日に杉並公会堂で行われますプレスク・リヤン協会公認イベント「中村麗プロジェクト」(主催:日本現代音楽協会)で演奏されます、リュック・フェラーリのピアノ作品「Und so Weiter」についての特別寄稿を、フライブルクにいらっしゃるピアニスト中村麗さんから頂きましたので、一挙掲載いたします。

 

 

 

リュック・フェラーリの曲「Und So Weiter」との出会い

 

 

  リュック・フェラーリのピアノ曲「Und So Weiter」"und so weiter pour piano et bande magnétique" (1965-66)と私との付き合いは、長いともいえるし、短いともいえる。

 

この曲の正式な日本語訳は、「『などなど』、ピアノとテープのための」とされているが、「『そしてエトセトラ、、、』ピアノ、テープそしてピアニストのための打楽器」の方が個人的にはしっくりくる。

 

 私がこの曲と初めて出会ったのは約10年前のザールブルッケン大学院時代。こちらが「長い」方だ。

 音楽史をアンドレアス・ワグナー学士に受けていた時のこと、音楽学士とはいえ、それは特別なレッスンであった。

 

 その当時、現代音楽専攻の学生が5人。皆ザールブルッケンには住んでおらず、ほとんどがフライブルグの元学生であったから、アンドレアスは一人一人に合わせて個人レッスンをした。

 彼の講義の方法はユニークで、まずプロジェクト構成から始まり、今彼が注目している作曲家、アーティスト、そして資金がどれくらいプロジェクトに渡されたかなど、広範囲に渡るものであった。初めのうちはまじめに教室で録音などを聞いたりしていたが、そのうちに個人レッスンは好きなところで出来るようになった。私のレッスン場所は日本食料理店の「橋本」というところだった。そこで2時間、さまざまな話をした。

 

 私は、わざわざザールブルッケンに着く時間をお昼時に合わせ、ここで「セミナー」をした。Jean Debuffet, Helmut Lachenmann, John Cage, Karlheinz Stockhausenなどの話はよくしたし、いろいろな作曲家の裏話も聞いた。一緒に「ノーノとケージ~政治的音楽~」という、レクチャーコンサートを企画したこともあった。(そのコンサートでは、私はケージのプリペアド・ピアノのためのソナタと間奏曲を弾き、「4’33」をパフォーマンスし、彼はその前後に「音楽と政治」というテーマでレクチャーをした)

 

 「橋本」で話したことは山ほどあるが、ただその中で彼が特に「これは弾かなくてはならない」と何度も繰り返し言っていたのが、リュック・フェラーリの曲「Und So Weiter」であった。

 

 この曲の存在を思い出したのが2年前の夏、スウェーデン人の作曲家の友人、フレデリック・ヴァルベルグと音楽について話し込んだ時で、「フェラーリ・プロジェクトをそのうちしなくては」と言ったのを覚えている。

 

 「Und So Weiter」と他に何曲かを揃えて、コンサートをしたいと思った。いつもコンサートをさせてもらっているZKMにこれを推薦したら、もう4年前にフェラーリのフェスティバルをしたからだめだと断られたので一旦あきらめ、何ヶ月かほったらかしにしたこともあったが、2011年の春に、改めてまず楽譜を探すことから始めた。

 Association PRESQUE RIENを見つけ、ダメ元だと思いながらも、ブリュンヒルド・フェラーリ夫人にメールで「Und So Weiter」の楽譜はどこで手に入るのかを尋ねると、びっくりしたことに彼女は次の日に返事をくれ、さらには楽譜までも送って下さった。

 

 その頃「Und So Weiter」にはCD録音が無かったためにその後、「録音に興味はありますか?」とこちらから尋ねた。ブリュンヒルドさんは私のいろいろな録音を聞き、データをAssociation PRESQUE RIEN、そしてLa Muse en Circuitと共に調査し、興味を示して下さった。

現在、Testklangというレーベルとどのような録音にしようかと企画を深めているところだ。ただのCDになってしまってはつまらない、彼の様々な、人間的な側面までをもしっかりと掘り起こしたプロダクションをつくりたいと思い、CD/DVD、さらに特別なプロダクトを企画している。

 録音の話を進めるにつれて、Association PRESQUE RIENのメンバーであり、当時この曲を弾いたピアニストのMartine Josteさんが「ビデオ録画をしたら内部奏法音などを映すこともできるので、より面白いものが作れるのではないか」と提案して下さった。

 彼女から曲に使われる特別な「楽器」や、演奏法についてパリに訊きに行くことにした。こちらは『短い付き合い』の理由。実際に「演奏としての曲」とはまだ2ヶ月ほどしか付き合っていない。

 

Und So Weiter」の曲について

 

 彼女から曲で使われる特別な「楽器」やオブジェ、そして演奏法を詳しく教えてもらった。説明に書いてあるものとは全く違うものがあることもそこで解った。

 その頃に流行っていたオブジェ、例えば、「Boule de verre」がガラスのボール、それがまさか「ムラノグラス(ヴェネチアの工芸品)のペーパーウェイト」だなどとは思いもしなかったし、「マーマレードを入れる器」と説明されていたものがまさかサラダボールほど大きいものだとは思いもしなかった。

大体においてピアノの内部操作のために使われた器具は特別にそのために買ったりしたものではない。家にあるありとあらゆるものをピアノの中に入れ、試し、音を出し、気に入ったものが使われるのだ。リュックはそのために、「もしオブジェがない場合は、似たもので同じような音を出すものがあるならそれでも良い」と端に書いている。

 

 このミーティングでは楽譜の「暗号解き」以外にもとても重要な発見があった。

ある時一枚の紙がマルティナの楽譜からこぼれ落ちた。それは、1975年11月3日に書かれた「UND SO WEITER」についての説明であった。この貴重なタイプライターで打たれた手紙は楽譜にはついていなかった。おそらくその当時のピアニストに宛てて、リュックが直接渡したものであろう。

 

 

 

 

paris le 3 Nov. 1975

 

 

UND SO WEITER pour piano électrique et band magnétique

(1965 - 66)

 

 

Cette pièce se balance entre l'abstrait et l'anecdotique.

D'une part le piano este entendu comme tel mais aussi comme masse, tend à

faire oublier son origine, d'autre part les sons anecdotiques sont reconnus

comme réalistes, mais aussi comme abstraits. La bande et l'instrument se 

mêlent en un jeu d'imitation. 

On pourrait aussi raconter Und So Weiter comme suit:

“ Pour en finir avec les clusters très utilisés à l'époque (“cluster”: ne 

   pas confondre avec les cloître, il s'agit ici de grappes de notes sérées 

   les unes contre les autres sans qu'il y ait la moindre ambiguïté 

   sexuelle), un/une pianiste multiplié(e) par I2 se surpasse en ingéniosité et sur son chemin, rencontre des oiseaux et un feu d'artifice. ”

 

Y a-t-il un rapport entre ces deux significations 

du mot “cluster”? Dieu seul le sait.

Mais comme disait Antonin Artaud: “finissons - en avec le

jugement de Dieu”.

 

 

 

 

Luc Ferrari

 

 

 

        パリ、1975年11月3日

 

「この曲はアブストラクト(抽象的)そしてアネクドート(逸話)の間で揺れている。

一方で、ピアノの音は本来の音として現れるが、音の「かたまり」としても現れ、本来のピアノ的音自身を失う。逆に、聞き覚えのある逸話的な音(*多分これはピアノの中の音や、打楽器のはっきりとした、一度聞いたら残る音のことを示している)は現実的でありながら、そしてまた、抽象的でもある。テープと楽器の音はうまい具合に混ざり合い、模倣の遊びをする。

 

「などなど」はこのように語っても良い。

「あの当時最も頻繁に使用されていたクラスターと訣別するために(「クラスター」を「(修道院の)中庭」と勘違いしてはいけない。ここではいくつかのぶどうのような音のグループ、全く性的な曖昧さが無くくっつきあった音たちの房(ふぐり)を示している)、一人のピアニストが12倍にも分身すれば、自身の限界、才覚を超すことができ、そしてその途中で小鳥に逢い、花火を観る」

 

このクラスターという言葉の2つの意味に関係はあるのだろうか?

神のみが知っているであろう。

だが、アントナン・アルトーが語っていたように、

「(神の裁きと訣別)しよう」

          

              リュック・フェラーリ

 

 

 つまり60年代にクラスターがあまりに流行り、それにトドメを刺す気持ちで書いたような曲だ。

「セリー音楽は私のベースである」と彼自身が語っていた。

 58年あたりからMusique concrète, Köln Studioなどの電子音楽が盛んになるにつれて、彼はミュージック・コンクレートに興味を抱き、追求することを決意する。彼は映画「リュック・フェラーリとほとんどなにもない」の中でこう語っている。

「私はむしろ画家のように作曲をする。人の話し声、電車の音、町の活気、騒音ともいわれる音を感知し、捕え、選択し、音たちを音楽的にオーガナイズし、形を与えるのだ」

 

 ピエール・シェフェールのG.R.M (Groupe de Recherches Musicales) でリュックは映画をプロデュース、監督する機会に恵まれる。彼は音楽のみならず、ビジュアルのセンスも兼ね備えていた。

 その両方の才能が結実したのが「La Grande Repetitions」、つまり「大いなるリハーサル」である。

 これは彼の眼から見て重要であったリハーサルのシーンや音楽家を作曲家の視点から撮った、特別な映画だ。

 

 この映画の初公開が1965年。その特別な経験を積んでいた最中、彼はこの「Und So Weiter」にも平行して取り組んでいた。

 リュックは「大いなるリハーサル」でジャズピアニスト、セシル・テイラーのドキュメンタリーを撮ったが、「Und So Weiter」は彼のフリージャズの即興にかなりの影響を受けている。クラスターの使用、そして、グラフィック的な音符、スペース・ノーテーションは50年代のピアノ曲とは全く違うものだ。そしてクラスターのダイナミックな使い方はまさにセシル・テイラーそのものである。リュックはこの曲に時間をかけ、テープはG.R.Mで作り、66年にブレーメンの音楽祭、ムジカ・ノヴァで初演される。

 

 60年代とは前衛芸術が新しい形を生み出し始めた時代だ。新しいタイプの芸術を追求した芸術家たちが様々な作品を発表していく。

作曲家ではフェルドマン、ジョン・ケージ武満徹ブーレーズシュトックハウゼンなどがダルムシュタット音楽祭で出会い、お互いに影響し合う。

映画ではフェデリコ・フェリー二が63年に「81/2」を撮り、日本でも1964年には安部公房勅使河原宏監督の映画「砂の女」(武満徹が音楽を作曲)、続く65年には大島渚の映画「悦楽」が製作される。

ナム・ジュン・パイクFluxusに参加し、63年に音楽展示会や「マグネットテレビ」を展示。芸術家が新しいエステティックを追求し、全ての分野で反発し、伝統に立ち向かって自由を追求した時代だ。

 

 リュックのピアノ曲「Und So Weiter」は、電子音楽、ミュージック・コンクレート、内部操作によっての新しい音、フリージャズ的即興、セリー音楽のような様々な要素に託され、まさにその時代を感じさせる活気のある曲なのである。

 

 

フライブルグ、2013年1月22日

 

                       中村麗

 

このリュック・フェラーリのピアノ曲「Und So Weiter」は2月8日19時より、東京杉並公会堂にて行われます『現代の音楽展2013 世界に開く窓~世界で活躍する日本人音楽家シリーズvol1 中村麗プロジェクト~Rei Nakamura Project~』で演奏されます。チケットも残り少なくなっているようですが、とても楽しみですね。

 (2月1日追記 チケット完売しました!ありがとうございます!)

 

なお、コンサートについての過去記事はこちらで

 

中村麗プロジェクト、一部優先席完売のお知らせ

 

中村麗さんが演奏されるリュック・フェラーリのCD(予約)が間もなく発売されます!こちらの過去記事を参照下さい。

 

”UND SO WEITER” 発売(予約)のお知らせです

 

なお、本文で触れられていました、現在企画進行中の中村麗さん演奏のCD/DVDについては、また情報を頂き次第報告していきますのでお楽しみに!

 

 

コンサートチケットのお申し込みは下記のこちらにて

 

チケットぴあウェブサイトで購入 

電話:0570-02-9999Pコード188-585

(チケット完売です!)

 

主催、お問い合わせは

日本現代音楽協会(03-3446-3506)http://www.jscm.net/?p=1786

 

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