全国二万五千人超のリュック・フェラーリファンのみなさま、いよいよ押し詰まってきた年の瀬ですが、いかがお過ごしですか?
まだお仕事が納まらないあなたも、忘年会三昧で胃腸がお疲れ気味なあなたも、新年を控えて大掃除中なあなたも、ちょっと手を休めてご覧いただきたい今回の特集は、さる12月19日土曜日と20日日曜日に京都で行われたリュック・フェラーリに関わるイベントについてのレポートをお届けしていきます。
紅葉シーズンのピークは過ぎたとはいえ、まだまだ観光シーズン真っ盛りの京都。冬らしく澄んだ気候のなか、まずは19日、日本音楽学会西日本支部 第29回例会の開催地である同志社女子大学今出川キャンパスへ。
例会担当は当プレスク・リヤン協会日本支局長でもある椎名亮輔さん。今回は電子音楽分野に関心を寄せた話題提供と研究発表となりました。
まず話題提供として、昨年のプレスク・リヤン賞2013コンサートで鼎談していただきました電子音楽研究家の川崎弘二さんによる「武満徹の電子音楽」。武満徹のミュジック・コンクレートへの取り組みに対する鋭い切り込みと、同時代の映画や放送、隣接芸術との関わりが、きめ細かい資料調査で明らかになっていきます。フェラーリが活動をはじめた1950年代から60年代にかけての電子音楽の状況を俯瞰的に知るうえでも、川崎さんの今後の研究からは目が離せないところです。
続いて椎名亮輔さんによる「フランス電子音楽の生成期:リュック・フェラーリ周辺の人物たちへのインタビューをめぐって」。椎名さんは同志社女子大学教育・研究推進センターからの助成を得て今月初旬にパリに滞在、リュック・フェラーリと関係の深かった人たちへのインタビューを敢行されたばかり。フェラーリと晩年に至るまで深い交流を持ったジャック・ブリソやフィリップ・ミュクセル、またINA/GRMの重鎮ダニエル・テルッジ、また“La Muse en Circuit”(「回路の詩神」協会)の前会長であったダヴィッド・ジス、といった多彩な方々から得た新鮮かつ知られざるディープな情報を、フランスの空気感そのままに届けていただきました。
(情報満載のスライドの前の川崎さん(左)と椎名さん(右))
最後に筒井はる香さん。筒井さんの発表は「ドイツにおけるヘールシュピールの発展――リュック・フェラーリ作品へのアプローチ――」。待望のヘールシュピールについての調査報告でした。音楽学の分野からヘールシュピールに取り組んだ研究は極めて僅かで、そういった意味でも貴重な講演でした。ヘールシュピールの定義や歴史背景など、出席者の皆さんにとっても初めて聞くお話が多かったためか、発表の後も活発に質問や補足話題が飛び交いました。ヘールシュピール研究には大きな可能性が広がっている、そんな確かな感触が得られた発表でした。
写真:ヘールシュピールについて説明する筒井はる香さん。
さて、翌日も爽やかな冬晴れ。この日はところかわって京都は岩倉の山中にある京都精華大学です。19日・20日の二日間の日程で、インターカレッジ・ソニックアーツ・フェスティバル(ICSAF)2015と第26回先端芸術音楽創作学会(JSSA)研究会という2つの大きなイベントが併催というかたちで開催されました。
ICSAF、通称「インカレ」は、コンピュータ音楽を研究/創作する大学や教育組織が集まって、学生作品を披露するコンサートなどを行う一年に一度のフェスティバル。毎年各大学が持ち回りで会場提供をしていますが、今年の開催地がこの京都精華大学というわけです。インカレと併せて行われたJSSAの研究会では、コンピュータ音楽を中心とした幅広い研究/創作に関わる報告が寄せられます。
今回、リュック・フェラーリに関わる部分としては、20日15時からの「セッション4」、そして17時からの「コンサート」です。
「セッション4」では3つのフェラーリ研究報告に加えてプレスク・リヤン賞2015優勝者の梅沢英樹さんへの賞状授与が行われ、このセッション全体がまさにフェラーリ特集!という、没後10年の締めにふさわしい趣となりました。
「コンサート」では梅沢さんの受賞曲「Le Néant」が梅沢さん自身のアクースモニウム演奏により上演されました。
研究会場は「清風館」内の講義室。各大学からの学生の方々や研究者、また外部からの聴講者でフロア内は静かな熱気に包まれていました。
「セッション4」の座長は前日の武満研究で沸かせた川崎弘二さん。まずは前回のプレスク・リヤン賞で第3位を受賞された佐藤亜矢子さんの発表です。タイトルは「リュック・フェラーリ《ほとんど何もない》作品群探究に向けて」。
(取材先のフランスで撮った写真を織り交ぜながら説明する佐藤亜矢子さん。)
佐藤さんの発表は2014年と2015年に、リュック・フェラーリが電子音響音楽、ドキュメンタリー映画、器楽とテープのミクスト作品という異なる3つの形態によって創作した《ほとんど何もない》全7作品の全体像を探るべく渡仏された際の取材成果についての発表でした。
2014年は佐藤さんにとって初めてのフランスだったそうですが、初渡航にしてフェラーリ邸、アトリエ・ポスト=ビリッヒ、GRMとラジオ・フランスそして“La Muse en Circuit”(「回路の詩神」協会)というフェラーリゆかりの地フルコースを探訪し尽くした、そのガッツとフェラーリへの熱意に拍手。また2015年8月22日(言わば10周忌命日の日)にはちょうど南仏のフュチュラ音楽祭に参加し、オマージュコンサートを体験した貴重なご経験についても触れられていました。
発表の様子はJSSA研究会アーカイブとして既にYoutubeで視聴可能となっていますので、ぜひご覧ください。
続いて渡辺愛さんの「リュック・フェラーリの《逸話的なものたち》における逸話の構造」。リュック・フェラーリの晩年のヘールシュピール作品《逸話的なものたち Les anecdotiques》(2001-2002)を題材に、フェラーリの提唱した「逸話的音楽 musique anecdotique」の特徴を指摘する、という発表でした。逸話的音楽について、ミュジック・コンクレートと比較しつつ渡辺さんなりの定義付けを試みた前半と、フェラーリの実際に使っていたシステム・Pro Toolを資料として分析した逸話の特徴についての後半という構成。フェラーリが実際に作曲したであろうPro Toolsの編集画面もスライドで紹介され、最後の質疑応答でもPro Toolsに対するコメントが交わされるなど、受講者の興味をひいていました。また別の質疑ではヘールシュピールについての問いも投げかけられ、前日の筒井さんの発表で深められた話題がここにも引き継がれているのだなと感じました。フェラーリとヘールシュピールについては今後も議論が活発になりそうです!
渡辺さんの発表もYoutubeで視聴できます。
https://www.youtube.com/watchv=PivcKCEP7pA&index=14&list=PLt0ygOXzIi9ihrJ5oCXjYZdY5SgTlfeVZ
フェラーリ特集の大トリとなったのは椎名亮輔さんによる基調講演。本日の目玉はなんといっても講演の最後に行われた、梅沢英樹さんへのプレスク・リヤン賞2015の賞状授与でした。
パリでは先日「第三回プレスク・リヤン賞コンサート&賞状授与式」が行われましたが、日本在住の梅沢さんには今回、審査員の一人でもあった椎名さんとリュック・フェラーリの関連企画で同席されるという機会があったために、JSSA様からのご理解をいただいて、基調講演の最後に賞状をお渡しする時間をいただきました。
川崎さんからの簡単なご紹介の後、椎名さんからこの賞の概要説明がありました。フェラーリのテープアーカイブを用いて作品を作るという募集条件の特異性に加えて、応募作品は音楽に限らず、幅広い芸術ジャンルに門を開いている点もユニークである、とのこと。
梅沢さんが登壇しました。賞状を読み上げる椎名さん。
神妙な面持ちの梅沢さん。ポスターのリュック・フェラーリが、このアングルだと椎名さんをジッと見つめているように……見えますね?
そして賞状を受け取り、梅沢さんにマイクが。
前回のインタビュー記事でもシャイさは十分伝わってきましたが、この日も少し照れていた様子で、コメントも至ってシンプルでした。
「このような場を設けていただいて、非常に恐縮ですが嬉しく思います。この後のコンサートで受賞作品を演奏しますので、もしお時間がよろしければ、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。」
コメントする梅沢さん。
最後に大きな拍手に包まれて、フェラーリ特集となった「セッション4」は閉幕しました。こちらの様子もJSSAさんのYoutubeでご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=vjtLEHLGYKQ&index=15&list=PLt0ygOXzIi9ihrJ5oCXjYZdY5SgTlfeVZ
梅沢さんも紹介しておられたように、この後17時からは最終コンサートがありました。2日間にわたった3つのコンサートのフィナーレ、ここでは首都大学東京、昭和音楽大学、東京藝術大学、IAMASそして京都精華大学から7組の皆さんによるライブパフォーマンスや映像上映など、バラエティに富んだ表現が披露されました。
20個弱のスピーカーに囲まれたフラットなホールの中が暗転すると、Banc d’Essai 2015選出作品「débris dans le jardin」に続いて「Le Néant」の鋭い音が空間を素早く横切っていきます。時折混ざるフェラーリのアーカイブが、時にはっきりと、時にひっそりと見え隠れ。音と音の間も緊張感があり、特に低音を効かせた演奏は本コンサートならではだったように思います。
後でお伺いしたところ、驚くべきことにアクースモニウムの演奏行為はほとんどしていなかったそう。「(演奏に)慣れていないのでやたらに動かすとおかしくなりそうだったからあまり動かさなかった。もともとパンニングを明快に使っていたので、それが動的な空間に聴こえたのでは」とのこと。今後もこのようなコンサートの場で聴けることを楽しみにしています。
同志社女子大学での研究会と京都精華大学での研究会およびコンサートはたまたま同じ京都で日にちが隣り合ったという、まさに「逸話」とも呼びたくなるような偶然でした。リュック・フェラーリ没後10年のメモリアルイヤーの日本での締めくくりが、このような演奏と研究が一体となった場になったことは偶然とはいえ、素晴らしい驚きであり喜びとなりました。ご関係各所のみなさまに、厚く御礼申し上げます。
来年も、リュック・フェラーリに関わる様々なトピックがより一層盛り上がることは間違いありません。
【関連過去記事】
プレスク・リヤン賞 カテゴリーの記事一覧 - リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)
《おまけ》
翌週の12月23日(祝)、東京・恵比寿のLiquid Room2Fにあるスペース・KATAにて、梅沢さんの出演するイベントがあるということで潜入してきました。
MOMENTS with Phantasmagoria and WORKERS
そこでなんと梅沢さんが「Le Néant」のパフォーマンスを!
京都精華大学のコンサートの多チャンネル空間とは違い、クラブスペースでのライブはまた違った響きの感触で、音がストレートに届くような直接的な表現が気持ち良く、楽しめました。
思いがけず、京都と東京、2つの地で時間を空けずにフェラーリのアーカイブを聴くことになったというわけなのでした。
ありがとうございました!