お待たせいたしました。
昨年末開催されたPrix Presque Rien (プレスク・リヤン賞)2017でAlexandre Homerinさんと同点で、見事Premier Prixに輝いた柳沢耕吉さんのロングインタビュー、満を持して公開です!
「柳沢耕吉さん?どんな曲作るの??」
電子音楽に詳しい支局ブログ読者の諸氏も、そう首をひねる人がほとんどなのではないでしょうか。
それもそのはず、柳沢さんはこのコンペで生まれて初めて電子音楽を作ったという超新星なのです。
普段は長野にお住まいの柳沢さんは、ギタリストとして演奏のために月一ペースで上京されています。インタビューはそんな貴重な東京滞在の合間を縫って行われました。
赤坂のカフェにギターを担いで現れた柳沢さんは、一見控えめで優しそうな印象。しかし話し出せば、興味のあることにはひたむきで感性豊かな好青年。
千葉大学で植物の研究をしていたという意外な過去から、昨年まで住んでいたNYでの様子など、根掘り葉掘り聞いてきました。
なお「先入観なく作品を聴けるのが良いのでは」との意向から、曲の内容にかかわる話は極力カットしてお送りします。
まずはこちらから、作品を聞いてくださいね。
それではどうぞ!
ー フェラーリも知らなかった ー
ーーーー まずは受賞おめでとうございます。
受賞の報を聞いた時はどんなお気持ちでしたか?
「もちろん嬉しかったです。けど、『どうして?』と思いました。というのは、僕はバックグラウンドが電子音楽・電子音響音楽ではなく、こういった作品を今まで作ったことがなかったんですね。実はリュック・フェラーリのことも知りませんでした」
ーーーー 初めての作品で受賞されたわけですか!
ではプレスク・リヤン賞の存在はどうやって知ったのですか?
「確か(作曲家の) 藤倉大さんのツイッターを通してだったと思います。僕は2013年から2017年までNYに住んでいたのですが、Mostly Mozart FestivalというNYで毎年開催されているコンサートがあって、2016年にそこで藤倉さんの作品を初めて聴きました。それをきっかけにツイッターで藤倉さんをフォローしていたら、プレスク・リヤン賞に関するツイートを目にしたんです。リュック・フェラーリというワードはそこで初めて知りました。気になってプレスク・リヤン協会のホームページでアーカイブの音を聴いたら『こんなことをやっている人がいるのか!?』とびっくりして……」
「もともと録音は好きだったんです。といっても、音質にこだわりがあるわけでも作曲に使うわけでもなく、単に趣味として日記のように記録する行為を続けていました。最初は大学生の頃に、『10分シリーズ』といって、外でタバコを一本吸う間の音を録る、という習慣から始まって。使っているレコーダーもこのような安価なものです」
ーーーー 会議の録音などにも使われるシンプルなレコーダーですね。
「ですから音楽作品に使うという考えはまったくなかった。でも、プレスク・リヤン賞は『アーカイブの音を使う』というルールだけがあって、あとは何をしてもいい。これはうってつけだと思って、やってみたんです」
ーーーー 制作の前に、フェラーリの作品や過去の受賞作などを聴きましたか。
「あえて聴かないようにしました。まずは自分でやらせてくれ、と。本当に手探りの自己流です。なので賞をいただいたときに、一体どういったポイントをもとにこの曲が選ばれたのか、気になりました。審査員にも直接訊いてみたいと思って……」
ーーーー それで授賞式に出席されたと。
「はい、わざわざフランスに行きました。今年1月のことですね。でも実際はあんまり訊けなかったんですけど(笑)。ブリュンヒルド(・フェラーリ)さんも好意的に評価してくれて、『はじめて作ったようには聴こえなかった』と言われました。それで (そんなふうに自然に受け入れられたのなら……)と納得することができました」
ー 受賞者コンサートで…… ー
ーーーー 授賞式の様子も聞かせてください。パリ郊外にある「“La Muse en Circuit”(「回路の詩神」協会)協会」で、受賞作品コンサートが行われたのですよね?
「会場は大規模なシステムではなく、スピーカーが前と真ん中と後ろ、サブが2台、というせいぜい6〜8台くらいが並んでいるシンプルな空間でした。音響操作は入賞者の一人(二席)であるYoann Sansonがやってくれました。アクースモニウムというシステムも初耳だったんですけど……。彼が僕の作品を聴いて彼なりに作ってくれた楽譜があって、これでどうかと聞かれたんですね。見ますか?」
ーーーー ふーん、これはわりとアクースマティックの世界ではオーソドックスな記譜法かもしれませんね。だいたいのイベント(音で起こっていること)をイラストで書いて、音の高低とかクレッシェンドを書いたり、音が厚くなったら太めに書いたり、というのはよく見ます。
「そうなんですね。僕が制作時にスケッチとして書いていた楽譜と全然違うなと思いましたが、起こっているポイントは合致していました。ここで区切るというポイントをかなり正確にとらえていますね」
ーーーー 柳沢さんも楽譜を書いておられたんですね、そちらもぜひ見たいです!
「録音した音のメモみたいなものですけど……」(といって見せてくださった紙はこちら)
ーーーー わ〜…!これはちょっと見たことがない譜面です……なんと、縦書きですか!衝撃を受けてます今。すごい。
「楽譜というより自分の聴こえ・聴取体験が中心になったアナライズですね。上から下に向かって時間軸が伸びていて、左右はステレオのLRに対応しています。聴こえた音を時間と方向に合わせてとにかくメモっていった感じです。すごく時間をかけました」
ーーーー なるほど。パソコンで音楽をつくっていると、時間の流れが左から右という方向になっちゃうんですよね。するとパン(LR)が上下になっちゃう。でもこう書けばLRが左右になりますね。これは目からうろこです。
「パソコンでのやりかたはむしろ分かりません。どのパラメーターをいじればどの音が出てくるとかいうことは知らないんです。そういう意味でこの作品は電子音楽としてアマチュアと言い切りたいところがあって。ソフトも全部フリーソフトですし。もっとやろうと思えばきれいにできたと思うのですが」
ーーーー 小細工はなし!と。それがこの受賞作の魅力であり新鮮なところなのでしょうね…音素材を聴いて「面白い!」と思った柳沢さんのその素直な視点がストレートに現れているところが。
それにしてもものすごく細かく出来事が書いてありますね!
「この作業で、録音物のなかに、想像以上にたくさんの音が潜んでいることがわかったんです。Yoannには『静謐な世界』っていわれたんだけど、僕的にはいっぱいものごとが起こっている曲だと思っていて。そういえば、自分の曲をちゃんとしたスピーカーで聴くの、コンサートの時が初めてだったんですよ。それまではヘッドフォンとコンポのスピーカーでチェックしてたから。リハーサルの時、Yoannの演奏は低音をすごく効かせていてサブを強調してたんだけど、抑えてくれと言ったんです。音量も控えめだったので、『低音を切って音量を出したい』といったら『じゃあこうなるけどいい?』と言われ、『それなら近い』と。最初の解釈はだいぶ違いましたね。わりと静かな作品と思われているのかな?」
ーーーー 日本人の作品だからっていうのもあったのかも。音楽的な運動がクッキリハッキリあるわけではないので静の音楽だと捉えたのだろうと思います。でも、ネタバレになるのであまり言えませんが、この曲結構ノイズも入っていますよね。普通ならカットする音だと思うのに、そのまま出したのが新鮮でした。
「最初は大丈夫かな?と思いました。でも、僕自身がギターで即興演奏をする時って、まわりからきこえてくる音は全部音楽の要素になり得るという感覚なんです。演奏空間における音の土俵を可能な限り低くするというか。その感覚を(作品に)もってきたというのはありますね」
ーーーー 自分の発想を超えたものが入ってくる、ということでしょうか。私も即興したものを使って作曲することがあるので、そのお話にはとても共感できます。
「何かを具体的に問う作品ではないと思うんです。『自分自身の体験を求められる』と、審査員の一人が評していたと聞いていますが、僕自身、聴くたびに違う感想を持ちます。場所や時間によっても変わります。授賞式のコンサートでは皆さん座って真剣に聴かれてたようですが、もう少しオープンな空間で、歩いたりしながら好き好きに聴いてもらうのも面白いのかなって気はしました」
ー 音の観測者 ー
ーーーー ノイズへの耐性(笑)みたいなものはどこからきたんでしょうか。お住まいの長野は自然豊かで静かなところではないですか?
「自然の中って結構うるさいんですよね(笑)。街中とは異なったうるささというか。全体の音量が小さいと、それはそれで別に立ち上がってくる音群に気が向くんです。今回の作品には木々に囲まれた屋外や屋内の空間を録音したものを使いましたけど、まずは自分が想定しない、欲しない音(ノイズ)が入っていてもいいじゃんって気持ちで録ってます。その時点では曲を作るというより、音を観測しているというのが近い。そこにいて聴いてるだけの、観測者のイメージです」
ーーーー 確かに私の地元もそうですね……。録音は一人で?
「実は現場にはもう一人いて。中学のときからの幼なじみなんですけど、録った音を一緒に聞いて面白いねって深夜のファミレスで盛り上がったりしてました(笑)。芸術に関してはニュートラルという意味で素人で、だからこそ興味を持ってくれた彼のリアクションはありがたいものでした」
ーーーー では受賞の報告をしたら喜ばれたでしょう?
「そうですね、思ったよりドライな反応でしたが(笑)。ファミレスでお祝いしましたね。...でも本当にまわりの協力あっての成果だったと思います。彼ではなく別の友達なんですが、作業場を提供してくれた人がいて、制作はほとんどそこでしていました。実家より作業に集中できますから、ありがたかったですね」
ー 少年時代はJ-POP ー
ーーーー 柳沢さんはジャズがご専門とお聞きしましたが、小さい頃から音楽が好きだったんですか?
「そうですね。両親が音楽好きだったのは背景にありますが、でも特別芸術に囲まれていたということはないです。受賞のことを兄弟から聞いた母親は『あれは音楽なの?』って言ってきて(笑)。嬉しかったですけどね、聞いた人が疑問を持ってくれたわけですから」
「ギターを始めたのは中学のときでした。でもそのときはジャズではなく、J-POP、J-ROCKばかりでしたね。BUMP OF CHICKENとかくるりとかaikoとか…。次第に自分の好きなバンドがどんなものを聴いているのか気になって、クラシック、UKロックやルーツミュージックなども聴くようになりました。高校生の後半で特にはまったのはバルトークの弦楽四重奏曲でした、今でも拠り所のひとつです」
ーーーー ジャズに出会ったのはその後ですね。千葉大学のジャズ研出身と伺いました。
「大学に入学して、何か音楽のサークルないかな、と思っていたら、ジャズ研究会の新歓ライブがおもしろかったんです。そこには既にプロで活動している人も出入りしていて、プロの演奏に触れるうちにどんどん音楽に気持ちが向いていきましたね」
ーーーー ちなみに学部ではどんなことを勉強していたのですか?
「園芸学部で、バイオテクノロジーを扱っていました。品種改良なんかに役立つ分野です。ただ、研究よりもジャズのほうにバランスは傾いていましたね(笑)」
ーーーー なるほど。卒業後のことは考えていましたか?
「4年生のときに一ヶ月NYへ旅行に行きました。NYのジャズシーンが好きで、ここで勉強できたらいいんだろうなっていう気持ちがあって。それで卒業後に本格的にNYに渡ることにしました」
ー NYでの日々 ー
ーーーー そしてNYのCity Collegeで研鑽を積まれるわけですね。
「2013年の秋に入学して2016年の秋に卒業しました。学業だけで2年半かかりましたね。コースはジャズパフォーマンスでしたが、クラシックの学科もあり、自分の興味によって、希望をすれば聴講もできた。対位法とかシェンカー理論なんかもやりました。それを作曲に直接生かすというより、考え方をもらったという感じですね」
「NYでの一番の収穫のひとつは、20世紀の音楽に興味を持てたことですね。偉大な音楽家たちがたくさんいる。シェーンベルク、ケージ、ベリオ、ブーレーズ、ヴァレーズ、武満徹、ライヒ……向こうに行くまでは気付かなかった領域でした」
ーーーー 授業の中でそれらの音楽家たちに出会ったのですか?
「それが、学校の中よりは外で吸収していきました。ひとつはレコード屋さん。住んでいたところの近所にジャズやクラシックが豊富なお店があったのですが、通っているうちにお店の人に覚えられて、いろいろと紹介してもらうようになりました。それからパブリックライブラリー。これまた近所ですが、芸術関係に強い図書館だった。 CDが50枚まで借りられて、古典から現代まで揃っていたので、聴きあさっていましたね。知らないものを知るという場としては素晴らしかったです」
「あとはコンサートにたくさん出かけました。冒頭に話したMostly Mozart Festivalには2015年にも行っていて、ジョージ・ベンジャミンの< Written on Skin >というオペラにとても感銘を受けました。音楽の響きと緻密さにびっくりしましたね」
「他にパッと思い出すのは、サックス奏者/作曲家のPatrick Zimmerliがキュレーターを務めたIntersect Festivalという現代音楽(クラシック/ジャズ)の野外コンサートです。開催された場所がマンハッタンのブライアントパークで、道路に面した公園なので当然周りの騒音も音楽に入ってくるんです、それもまた面白くて」
ーーーー その頃から既に演奏と演奏に関係ない音との関係に興味があったんですね。
「二極化はできないですけど、場にもともとあるエネルギーを利用した音楽と、演奏者のエネルギーを主にした音楽があると思っていて、例えばフリージャズは演奏者のエネルギーが中心になることが多い。ヨーロッパの即興演奏家は特に場のエネルギーを使うのがうまく、惹かれましたね。良く覚えてるのはヴィオラ奏者のFrantz Loriotのソロライブです。Downtown Music Galleryという地下の会場で、これから演奏という時に水が水道管を流れる音が聴こえてきたんです。それって邪魔な音と感じる人もいるかもしれませんけど、彼は自然にそこから音楽を始めました、おもしろかったですね」
「先ほど話したIntersect Festivalに出演した、ピアニストのEthan Iversonの演奏も印象に残っています。Scott Wollschlegerという現代の作曲家のピアノ曲で、静かで音数が少なく、公園の外を通るトラックのうるさい音や人々の話し声がそのまま曲に入ってくるんです。でも彼はそれを音楽の空間の一部として許容していて、はっとさせられました。そういう考え方をする人の演奏を聴くことで、自分の< きこえ >を再認識しました」
ーーーー 一方で聴く音を限定させる優位性もありますよね。コンサート空間しかり。
「もちろんです。クラシックはコンサートホールに守られている音楽、スタジオで作る音楽は録音空間に守られていると言うことができて、それぞれ性格が違うと思います。僕が次第に考えるようになったのは、生活の中で常に音に晒され飽和している耳、に寄り添えないかということです」
「NYって街はうるさいんです。音量から音数から。うるさいけどなぜみんな平気そうにしているのか?という疑問が生まれて、自分が普段聞いている音に対する興味はそういった生活の部分からも湧いていると思います」
ー おわりに ー
ーーーー 私も今日柳沢さんを通じて、知らなかった音楽をたくさん知ることができました。
柳沢さん的に今ホットなアーティストや、NY時代に影響を受けた音楽家をあと2、3人挙げるとしたら?
「そうですね、一人はLucie Vítková (ルチア・ヴィトコヴァ)。チェコ出身の作曲家、即興演奏家で、アコーディオン、タップダンスや篳篥もやるマルチプレイヤーです。掃除機を使ったり、やかんでお湯わかしたりするパフォーマンスもあったりして、元々の土台はクラシックなんですが、ストイックで大胆な思想を持ったアーティストですね。それからRaphael Malfliet (ラファエル・マルフリート)。エレキベース奏者で、作曲と即興演奏へのアプローチがおもしろい人です。近頃は譜面上で演奏者がいかに自由に音を出すか、というところに着目したアンサンブルのプロジェクトを進めているようです。2人とも良い友人で、同世代ということもあり刺激になります」
「あと日本人では、先輩ミュージシャンであるサックス奏者のかみむら泰一さんとベース奏者の落合康介さんが『縄文セッション』というのを企画していて、僕が縄文時代に惹かれていることもあって気になっています。一つのシンプルな音からコミュニケーションをしてみるといった試みで、足踏みでもなんでもいいんですけど、音の対話みたいなセッションです」
ーーーー おもしろそう!最後にご自身の近況もお願いします。
「9月に東京で即興演奏のライブがいくつか決まっています。詳しくは柳沢耕吉のツイッターで随時お知らせしますので、ご覧ください」
ーーーー 今日は長時間にわたり、ありがとうございました。
柳沢さんの受賞作品" In The Dreams Some Drops Had "は、2018年8月にフランス・クレで行われた Festival FUTURA でも演奏されました。柳沢さんの観測した「音」にますます注目が集まることでしょう!
(インタビュー / 文:渡辺 愛 (作曲家)、インタビュー日時:2018年4月11日水曜日 於:東京)