リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

トランスする細胞〜ピアニスト・中川賢一氏インタビュー〜

全国二万五千人超のリュック・フェラーリファンのみなさま、こんにちは。新しい年が明けましたが、いかがお過ごしでしょうか?今回は新春の晴れやかな気分にぴったりなコンサート「TRANCE MUSIC FESTIVAL 2021→2022 -SENSATIONS-」をご紹介します。昨年からの延期開催となったこのコンサート、プログラムの目玉はなんといってもリュック・フェラーリ「Cellule75(細胞75)」!日本でもフェラーリピアノ曲を多数演奏してきたピアニストの中川賢一さんによるパフォーマンスに期待が高まります。1月21日金曜日、豊中市立文化芸術センターでの公演を前に、中川さんへの一万字インタビューが実現!フェラーリに会った時のお話など、貴重なエピソードも伺えました。 それではどうぞ! 

 

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満を持しての開催!ピアノ:中川賢一さん、マリンバ・パーカッション:宮本妥子さん、エレクトロニクス:有馬純寿さんによる唯一無二のプログラムは必聴です。

 

    中川賢一さん公式サイト

      TRANCE MUSIC FESTIVAL

 

インタビュー目次

 

ー TRANCE MUSIC FESTIVAL ー

ーーーーまずは間近に迫った「TRANCE MUSIC FESTIVAL 2021→2022 -SENSATIONS-」について伺います。「TRANCE MUSIC FESTIVAL」は、現代を生きる作曲家、作家、アーティスト、作品を紹介する豊中市立文化芸術センター発のプログラムとしてスタートしたコンサートシリーズですね。第一回目が2019年の3月で、その後コロナ禍により開催に変動がありました。

 

もともと2019・2020・2021という三年連続の企画でした。きっかけはプロデューサーの井上周さんに地域創造アウトリーチで会ったこと。2018年のことでした。オーディションを観に行っていたんだけど、そこに井上くんもいて、休憩中に話しかれられたんです。ボソボソっと喋る人なんだけど

前から狙ってました」とか言われて(笑)一緒に企画がしたいという意味ね。嬉しかったので、じゃあ会いましょうと後日打ち合わせをしたら、企画書にはひとこと

トランス」と書いてある。具体的なことはなにもなく、シャーマンがうんぬんかんぬんとか書いてあって、公共ホールでこういう企画というのは面白いなと思いましたね。僕のピアノの他にはクラブミュージックをテーマに大音量でDJしたり、三輪眞弘さんディレクションガムランコンサートがあったり。

 

ーーーー横断的なラインナップですね。まさにトランス(=変幻する、超越する)。

 


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TRANCE MUSIC FESTIVAL 2019」。豊中市立文化芸術センター展示室でのDJライブの様子。

 

それで1年目にピアノソロとダンス、2年目にシュトックハウゼンのコンタクテ、3年目に今回の企画をやるという計画が、2年と3年をひとつにして、2021年の1月と3月に続けてやることになった。

ところが、1月頭のコロナの感染者数拡大がすさまじい勢いだったので飛んじゃったんです。3月のコンタクテはちょうど隙間の時期でできたんだけど。一年越しにやっと叶いそうです。

 

ーーーーフェラーリの「Cellule75 (細胞75)」が上演されますが、いきさつは?

 

確か僕が初めて買ったフェラーリのCDは「細胞75」なんです。タワレコに当時これしかなくて。

その後MAISON ONAフェラーリの楽譜を多数リリースしているレーベル)のMaximeから「(「細胞75」の楽譜は)いずれちゃんと出版するかちょっと待ってくれ、ちょっと待ってくれ」ってずーっと言われてて。

んで今回演奏したいって言ったら「じゃあ自筆譜でよければ送るよって」って送ってくれました。それで見たら「ああこれ出来るじゃん」って。

ただ大きな壁があって……筆記体のフランス語があちこちにあるんですよね。「椎名さんプリーズ!」って感じで椎名亮輔さんに助けを求めて、訳していただいて。 それで今回日の目をみることになりました。

 


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Cellule 75 — Force du rythme et cadence forcée

 

ーーーー今回のプログラムは「細胞75」のほかにも、ヤコブTVやJ.ササスなど、ダンサブルな曲ばかりが揃っていますね。

 

本当にそうですね!今回は「楽しくいこう!」と思って。どれもノリノリです。

 

ーーーー現代音楽のコンサートでこんなノリの良いプログラムは珍しいかもしれません。

 

ぜひ来てください。

 

 

ー 少年時代 ー

 

ーーーー小さい頃から現代音楽が好きだったんですか?

 

クラスターが好きな子供でした(笑) NHK-FMの「現代の音楽」はよく聞いていましたね。あの頃は夜の11時とか、遅くに放送していて。こわ〜い時間にこわ〜い音楽をやっていました(笑)「現代の音楽」以外の普通の番組でもたまに現代音楽が流れることがありましたし、あと中学の時にブラスバンドに入ったんですが、その中で一人へんなやつがいて、カセットテープをうちに持ってきて現代音楽を聞かせてくれて。そういう影響もあったかも。

 

ーーーー10代で影響を受けた現代作品は?

 

一柳慧さんの「タイムシークエンス」は仙台のヤマハに親に連れて行ってもらって楽譜を買いました。それから野田暉行さんの「ピアノのための三つの展開」。全音ピアノピースから楽譜が出てて、それも買ってもらった。弾けないんだけど、譜面が面白くて、アートとして楽しむ感じ。あと甲斐説宗さん「ピアノのための音楽 I」もプリペアドされてたり椅子をガタガタやるところが出てきたりして、面白いと思った。あとダンスも好きで、メレディス・モンクとか、ちょっとミニマルっぽい音楽に惹かれましたね。

 


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野田暉行「ピアノのための三つの展開」

 

ーーーー大学進学後も現代音楽を?

 

学生のときには結構やっていたんですが、卒業後になんか現代音楽が一瞬いやになった時期があって。なんでかはわからないけど、経験不足だったからかな?あんまりいい曲がないと思っちゃってたんですよね。 その頃ちっちゃいオペラの劇場で副指揮をやっていたんですが、マネジメントに入るためのオーディションがドイツであるっていうんで、劇場の歌手たちが連れ立って受けに行くっていう話を聞いて、ついていくことにしたんです。

 

ーーーーマネジメントのオーディション?プレイヤーを選抜する試験ですか。

 

ホリプロ吉本興業がオーディションやるみたいな感じですよ。そういうのがドイツにあるんだって。僕も頭の中では留学したいと思ってたから、ヨーロッパを見物するチャンスだと思ってついて行ったの。

実はその時は、現代音楽はやめて、本場ヨーロッパでクラシックをばっちりやりたいと思っていました。

 

中川賢一 ピアノリサイタル Vol.2

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ラフマニノフドビュッシーなど、王道クラシックをばっちり収めた中川さんのCD

 

 

ーーーーそれがベルギーのアントワープへ留学するきっかけになったんですね。

 

フランクフルト、ロンドン、パリと一通り廻ったんですけど、アントワープ大宅裕さんという先輩がいまして、彼を頼って訪ねたらアントワープが気に入ったんです。

 

ーーーー決め手は?

 

一つは日本人が少ないこと。日本人とつるまなくて済むし、周りに影響されないで自分のペースでできるなって思ったんです。 もう一つは、これが一番の理由なんだけど、食べ物がおいしい!なんでもおいしい!

断っておくと、ベルギー料理がおいしいわけではないです(笑)でもアントワープはおいしかった。ここなら住めるな、と。1993年から1998年まで留学しました。

 

 

ー ベルギーのアートシーンに触れて ー

 

ーーーーベルギーはコンテンポラリーダンスも盛んで、現代的な雰囲気のある印象です。

 

はい。ベルギーは古楽器が有名、プラス、現代音楽が有名。イクトゥスとかシャンダクションとか、現代系のアンサンブルも多いんです。家から十分くらいの小さなハコでも毎日のように現代音楽をやっていました。アントワープ音楽院で一緒だった現N響クラリネット奏者の山根孝司さんが「面白いから!」ってしょっちゅうコンサートに連れ出してくれて、現代音楽を聴く環境が日本にいる時より格段に増えましたね。東京だとそれなりの値段するけど、向こうはチケットがタダみたいなもんだから。

もうひとつベルギーが懐深いなと思うのは、ユースオーケストラのセミナーを国費で運営していて、ベルギー中の若い人を集めて現代音楽のアンサンブルをさせるというのがあって。日本人って譜読みが早いんで、一年経った頃にそれに参加できて、毎日現代音楽漬けになってました。そうこうしているうちに「現代、なかなかいいじゃん」と思えてきて……。

 

ーーーー環境がそうさせたという感じでしょうか。

 

今思えばそうですね。

 

ーーーー記憶に残っている公演はありますか。

 

アントワープの音楽院に赤のホールと青のホールっていうのがあって、コンサートをやるのは青のホールなんですが、間違えてシアター系をやる赤のホールのほうに行ってしまったんです。そこでやっていたのが、ヤン・ファーブルの「時間のもうひとつの側(D'un autre côté du temps)」。終盤でお皿が千枚天井から落ちてくるという演出で「なんだこれは…」と絶句。衝撃でした。

 


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Jan Fabre 「Da un altra faccia del tempo / D'un autre côté du temps」

 

 

ディーター・シュネーベルの「ノスタルジー」も家の近所で観ましたね。指揮者だけが出てきてパフォーマンスする曲。

 


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Dieter Schnebel "Nostalgie"

 

そうそう、音楽院にはフリーミュージック科というのがあったんです! 卒業公演を聴きに行ったんですが、CDのケースを50枚くらい並べてぱたぱたぱたっとドミノ倒しにする作品とかあって…世の中広いなと思いました(笑) フレッド・ヴァン・ホーフが教授をしていたんだけど、授業でも「Good」とか「Not good」とかしか言わないんだって。

 

ーーーー科ということはディプロムももらえるんですよね?

 

そう。取っときゃよかったかな(笑)

フレッド・ヴァン・ホーフは町でやってたフリーミュージックのフェスにも出てた。ほんとに「フリー」なフェスで、開始時間しか書いてなくて、1時間のパフォーマンスになることもあるし、3分で終了ってこともある(笑)美大で教えてるコントラバス奏者が電車の走行音みたいなノイズをひたすらギーギー出してたり、なんでもありでした(笑)そんな環境にいたから、大げさにいうと人生の価値観が変わるみたいなところはありましたね。

 


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ベルギーのフリーミュージックシーンの歴史は古い

 

ベルギーはコンテンポラリーダンスの影響か、タブーがないんですよ。ヤン・ファーブルのお皿千枚にしても、「ここまでやったらまずいだろう」っていう常識を飛び越えちゃう。ピーター・マックスウェル・デイヴィスの「MAD KING」ってオペラがあるんですが、その作品は演奏していたヴァイオリンを粉々に叩き割るシーンがあるんです。日本でも山下洋輔さんの燃えるピアノとかあったけど、あれは廃棄が決まっていたピアノをパフォーマンスで燃やしたわけでしょ。曲の中に指定があるのとはちょっと違いますよね。プロメテウス・アンサンブルにいたジョージって人が言ってたけど、古物屋を回ってMAD KINGに使える安価なヴァイオリンを探すんだって。でもやっぱり本番でヴァイオリンが破壊されるのは直視できないって言ってた(苦笑)

 

ーーーー濃密な体験の連続だったのですね、留学時代は。

 


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Peter Maxwell Davies  - Eight Songs for a Mad King

 

フェラーリとの出会い ー

 

日本に一時帰国している最中に、先ほど話題に出たクラリネットの山根さんなんかと一緒に団体を作ったんです。といっても一回しかコンサートしなかったんだけど(笑)グロボカールリンドベルイといった現代曲をプログラムしたんですが、そのコンサートに佐藤紀雄さんがきてくれたんです。紀雄さんとはそれで知り合いました。桐朋の同級生だった作曲家の原田敬子さんが誘ってくれたみたい。 紀雄さんもちょうどノマドを立ち上げるという頃だったから、「(ノマドの演奏メンバーとしてどうかな?)」って、偵察がてらに聴きに来たみたいですよ。その後、晴れてメンバーになりましたが。

 

ーーーーいつ頃か覚えていますか?。

 

1996年か7年か…そのくらいかなあ?とにかく90年代後半だったと思います。 それで紀雄さんが「うちにおいでよ」って誘ってくれて、そこではじめてフェラーリの「UND SO WEITER」「Societe II」の音源を聴くことになるんです!「UND SO WEITER」の日本初演の頃の話を聞いたり、「Societe II」なんてこれどうやって合わせるんだろうね?って盛り上がって。のちに演奏することになるのですが(笑)

 

ーーーーファースト・フェラーリは紀雄さんきっかけでしたか!

 

そうなんです。それからヨーロッパに戻って、シャンダクションのエキストラに参加したときに、遂にフェラーリの作品を演奏する機会に恵まれました。「Symphonie Déchirée」だったかな。アントワープじゃなくて確かゲントかなんかでのコンサートだったと思います。 音楽監督に「フェラーリってどんな人ですか?」って聞いたら「very erotic」って言うの(笑)「女性のマネキンが家にいっぱいある」とか言って……今思えば「盛って」たんだと思うけど(笑) それでなんとゲントでのリハーサルにフェラーリご本人が来てくれて、興奮して話しかけたのを覚えています。楽譜もいろいろ見たいし、もっと話したかったからアドレス交換をさせてもらって、後に彼の邸宅を訪ねました。その時に、直々に「UND SO WEITER」「小品コレクション」「失われたリズムを求めて」の楽譜をいただいたんです。紀雄さんちで初めて「UND SO WEITER」を聴いたときはまさか自分は弾かないだろうなと思っていたけど、その後みなとみらいホールでの「Just Composed 2003」で上演することができて、嬉しかったですね。白石美雪さんや沼野雄司さんがいくつか候補曲を出してくれたんですが、「UND SO WEITER」は僕のほうからやりたいと提案しました。ホールの担当者が優秀なかたで、わざわざピアノを借りてくれて、大太鼓やひょうたんなども用意してくれました。予算もあったんでしょうね。

 

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「UND SO WEITER」の楽譜。Luc Ferrari: Complete Works より。

 

2002年に「新しい世代の芸術祭」でフェラーリの特集をやったときは、「小品コレクション」「失われたリズムを求めて」のほかにも、初期作品「Sonatine Elyb」をやりました。

 

ーーーー初来日の時ですね。

 

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当時のチラシ。中川さんは「フェラーリ・ピアノ作品コンサート」に単独出演した。

 

フェラーリから得たもの ー

 

僕が練習している自宅までご夫婦で来てくれたんですけど、お二人ともすごくおしゃれでスタイリッシュにきめてるでしょ?そんな二人が狛江の典型的な日本型ワンルームマンションに登場して、そのミスマッチ感がなんとも恥ずかしいような嬉しいような(笑)不思議な気持ちでした。

 

ーーーー演奏に対して何かアドバイスなどはありましたか?

 

楽譜を見ていると、音楽と音楽の間に絵が書いてあったりするんですが、ロールシャッハテストみたいにもにょもにょしててなんだかよくわからなくて。これはなんですかと質問したら「Lady's important part」だと。「Bigger bigger bigger……that’s one. 」。要するに、女性がコピー機の上にまたがって印刷されたもの(つまり秘部のプリント)を拡大拡大拡大していったものだと……(苦笑)。パッと見ドットの荒いアートな模様なんですが、 すごく遠くから見ると、そのものに見えるらしいです……。困惑しつつ隣を見ると奥様もニコニコ聞いていて(笑)。シャンダクションの監督が言ってたのってこういうことかなぁ…なんて思いました。

あと、「失われたリズムを求めて」の即興部分で全然違うことを弾いて、怒られるかな…と恐る恐る顔を見たら「これでOK!」って言われて。「決まりはあるけど、その決まりからどんどん外れてけ」って指示で、どう外すかはこっちの判断っていう。これは演奏家によっても相当違うんだろうな、だったらやる意味があるなと。

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楽譜「失われたリズムを求めて A la recherche du rythme perdu」。公式サイトより。浄書譜はMAISON ONAから購入可能。

 

ノマドでもやった「DIDASCALIES II 」も、音符が書いてなくて、「ある音を連打しろ/外れてけ/戻れ」って指示。でもそれらしい曲になるんですよね。今度やる「細胞75」もちょっと近い部分はあるかもしれない。

 

ーーーー演奏家にとって、作曲家に聴いてもらったという経験はやはり大きいものですか?

 

はい。「Sonatine Elyb」みたいな初期作から晩年の作品までやって、それに対して作曲家から直接意見や反応をもらったからこそ、というのが大きい。 即興的といっても、即興とは違うわけで、じゃあどうやればいいのか?っていうと、やっぱりリュックが思っている音じゃないといけないから。

 

ーーーー「フリーミュージック」ではないから。

 

そうです。どこまでやっていいのか、という判断において、作曲家の前で弾いてオッケーをもらったっていうのはひとつ手応えになりますよね。彼が好む音はこういうのだ、という実感が持てたというのは。

 

ーーーー「パリー東京ーパリ」も演奏されていますね。なんでもこの曲は一回目の来日の打ち上げの席でディレクターの小内さんが委嘱されたとか。

 

言ってた言ってた!寿司屋で言ってた!でもそんなに飲んでなかったような気がするんだよね、だから酔った勢いとかではないと思う。委嘱、受けるのかな……と思ってたら「自分はもうそんなに長くないから、(書けるチャンスがある時に)書く」というようなことを答えていらした覚えがあります。

 

ー アンサンブル・ノマド

 

ーーーーフェラーリの亡くなったあとに、ノマドの主催でフェラーリの個展を開催されました。

 

「DIDASCALIES II 」、「パリー東京ーパリ」、木ノ脇さんの作品と、「失われたリズムを求めて」というプログラムでしたね。奥様のブリュンヒルドも来てくれて「DIDASCALIES II 」が実現したのは本当に良かったです。 「失われたリズムを求めて」は僕がやりたいって言ったんだけど、こっちからやりたいって言うのはノマドでは相当珍しいパターンだと思う。

 

ーーーープログラムは紀雄さんがほとんど決めていらっしゃるんですね。ノマドは曲目のカップリングなど、構成が毎回素晴らしいですよね。

 

あれは紀雄さんの才能です。現代音楽をただ取り上げるということと、コンサートとして聴かせるというのは別物ですから。彼が常にアンテナを張っている賜物なんだと思います。あと、ああいう人だから自然と曲が集まってくるんじゃないかな、紀雄さんのところに。 曲決めに際してミーティングをするとか、改まったことをした記憶はないんですよ。移動中の電車の中とか食事をしている時とかによもやま話的に音楽談義をすることがほとんど。「こないだやったこの曲が面白かったよ」とか、そういう話を全部覚えているんだと思います。

 

ーーーー普段の会話からアイデアが生まれるわけですか。自然体ですね。

 

あんな自然体な人はいないと思いますね。

 

ーーーー話が横道に逸れてしまうのですが、私はノマドのコンサートには学生の頃から何度も足を運んでいまして、中川さんの演奏を初めて聴いたのもノマドでした。 忘れられないのは、2000年代前半だったと思いますが、グリゼーの「時の渦」が上演された時のことです。そこで起こった「事件」のこと、覚えていらっしゃいますか?

 

─────?

 

ーーーーピアノがソロで激しいクラスターを演奏していて、その音の渦が「バン!」と最高潮に達した拍子に、思い切り中川さんのメガネが吹っ飛んだという……。舞台上で宙を舞って……。

 

(爆笑)今の今まで忘れてましたが、完全に思い出しました。 ゴムバンドで押さえてたんですけど、それでも勢い余っちゃって……みんな笑ってたよね!

 

ーーーーお客さんはみな小刻みに肩を震わせていましたね……。しかもクラスターの後がかなり緊張感のある静寂だったので、えもいわれぬ空気になってて(笑)すごいものを見たと感じました。20年くらい経っていますが、未だに忘れられない衝撃体験です。

 

しかもその後譜めくりの人が落としたメガネをスッと取りに行ったんだよね(笑)あれも大変な本番だったなあ。

 

ーーーーところで中川さんは作曲はされないんですか?

 

よく聞かれるんですけど、しないですね。才能がないと思うんです……(笑)

 

ーーーーそんなそんな。

 

即興は好きなんですけどね……一段はかけるかもしれないけど、構成して曲という形に書くというのが大変で。やっぱり全ての作曲家を尊敬します。

あ、ただね、思い出した。 アントワープスペシャリゼーション(大学院に匹敵する課程)にいたときに、 室内楽の最後の演奏会で1時間30分のプログラムをつくらなきゃいけないということがあったんです。そのプログラムの中から実際に弾く曲が2週間前に発表されるんだけど、自分の用意できるのが1時間15分くらいしかなくて、あとの15分をどうしようって思ったときに、苦肉の策でcreationって書いて出したんです。絶対当たるなよ…と思ってたんだけど、発表された曲目に「creation」ってあって「うわー困った!」ってなって。そこから一生懸命作曲して、山根さんと二人で一緒に発表しました。その一曲だけはあります。

 

ーーーーそれは興味深いです!再演はされないんですか?

 

恥ずかしくて(笑)

 

ーーーーモデルにした曲はあったんですか?

 

モデルというほどではないけど、山根さんの演奏を始めて聴いたときの曲がJames Dillonのやたら難しいバスクラリネットとEsクラリネットの曲で、その時のEsクラの音型がずっと頭に残っていて、それをたくさん使うようにはなってましたね。すごく難しい曲だって言われました。すごく高い音も書いて「これは普通無理だ」って言われました。

 

 

ー 0歳からのコンサート ー

 

ーーーー最後に個人的にも聞きたい質問で〆させてください。近年こどものためのコンサートをたくさんやっていらっしゃいますが、そのモチベーションはどこからくるのでしょうか?

 

もうね、子どものためのコンサートは、楽しいです。本当に。 僕のコンサートではじめてクラシックなんかを聴く人もいる思うんですけど、一度つまんないと思ったらその先ずっと聴かなくなっちゃいますよね。でも喜んでもらえたら、その先も聴き続けてくれる。最初のステップだと思うと、責任をすごく感じる。そういう意味では、楽しみながらも自分の中ではクリエイティブなことなんです。

 


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小学生むけのアウトリーチの様子。子どもたちも大盛り上がり!これは楽しそうです。

 

現代音楽も好きですよ?好きなんですけど、どっちも必要だと思うんです。 「クラシック聴く機会が少ない、それって社会が悪いんだ、教育が悪いんだ」って意見もわかるんだけど、でもだったら何か動かなきゃなぁって。

 

ーーーーどんなことをしていますか?

 

ぞうさん」みたいな馴染みの童謡も弾きますし、小学生むけのアウトリーチなんかでは抽象画を書いてもらって即興で音にしたり、クルタークの図形楽譜を見せて興味を誘っています。

でも自分のためっていうのもありますね。現代曲みたいな、最先端だけどもしかしたらある種の人にしか届かない可能性がある曲をやると同時に、一般にいるすべての人に役立つこともして、両立してないと精神のバランスがとれないというか。 こどものものばかりやっていても物足りないと思うし、かといって現代音楽だけでもね。先月は北九州で「アイアイ」をやった3日後にメシアンの「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」全曲をやりました。そういうことができているのが嬉しいです。

 


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「赤ちゃんからのクラシック」。2:04から中川さんのコメントあり。

 

ーーーー親の立場としては、子連れで行けるコンサートの存在がほんっっっとうに貴重なんです。 「0歳からOK」と銘打ってくれていると、うるさくても大丈夫だし他にもそういう子がいるはずだ、と思えて安心なんですよ。でないともう演奏会というものから遠ざけるしかなくなる。自分も遠ざかるし子どもも機会がなくなってしまうんです。

 

方法はいろいろあるんですよ。ソフトにPAかけたり、子供が騒いでも大丈夫なような公演設計を担当者と一緒に作ってます。 僕としては、0歳からのコンサートには目的が二つあるんです。 一つは子どものため。もう一つはお母さんのため。 子どものための曲や体験型WSもするんだけど、最後にはいつもお母さんのために曲を弾くんです。「ユー・レイズ・ミー・アップ」とかね。

 

ーーーー「あなたがいるから私はがんばれる」ですね。

 

「大変な毎日の中で、ひととき元気になれました」とか言われると、「生きててよかった」って思います。演奏家の楽しみなんです。やめられないですね。

 

ーーーーぜひ続けてください。

 

死ぬまでやります(笑)。

 

 

(インタビュー / 文:渡辺 愛 (作曲家)、2022年1月2日 zoomにてインタビュー)

 

 

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