リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

【寄稿】 リュック・フェラーリ来日の頃 (その1) 

 僕個人のフェラーリとの関わりが一番密だったのは、やはり初来日とその翌年の来日の周辺だと思うので、今回はその辺のことについて書いてみる。

 

 フェラーリといえば、今や現代音楽に関心ある層だけでなく、エレクトロニカ、実験的ポピュラー音楽全般のファンにもそれなりに知られており、CDもいろいろ出ているが、このような状況になったのは来日(2002、2003年)以降といえる。その前までは、日本で生演奏で聴ける機会などはほとんどなく、ディスクも出てはいたが特に脚光を浴びるでもないという時代が続いていた。海外の作曲家を日本で大きく紹介する場としてはMusic Todayやサントリー国際作曲委嘱シリーズなどがあったが、フェラーリはずっとそのどれにも引っかからないままできた巨匠だったのである。取り上げる作曲家の選定にはディレクターの意向、関心が大きく左右するが、不幸にしてフェラーリに強く関心を持つディレクターが日本にはいなかったのだろう(カーゲルもずっとそうだった)。

 

 さて、僕がパリに初めて行ったのは1996年だが、その後何度か訪れるうちに、詳細は省くが、是非コンタクトを取りたい人であったフェラーリと連絡も取れ、ご自宅にもお邪魔するようになっていた。そこでブリュンヒルドさんとも初めてお会いしたと思う。初めて訪れた時の、家の中のエロティックなオブジェや庭の「CDのなる木」のインパクトは忘れ難い。仕事場であるアトリエ・ポスト・ビリッヒの壁にかかっていたクールベ「世界の始源」もまた。アトリエの棚には、それまでにフェラーリが各地で録りためてきたフィールドレコーディング素材のテープがぎっしり収められていた。それを今聞き返しながら少しずつ作品に再利用しているのだと語っていたが、それが晩年の『概念の開拓』シリーズであった(僕はプレスク・リヤン賞には関わっていないが、あの棚にあった素材が、現在この賞への応募作品に使われる素材に用いられているのであろう)。ある日の会話の中で、日本には来たことがあるのかという話が出たこともあった。前から日本には行きたかったが一度も機会がないと残念そうに答えていたのが印象に残った。その時はまだ僕にも何も具体的なプランはなく、ただ聞いて頷いているしかなかったのだが。

 

 ところで、僕は90年代から「新しい世代の芸術祭」という、東京のちょっとした現代音楽祭をスタッフの一人として手伝っていたのだが、21世紀への変わり目の頃のある日、次の音楽祭のオーガナイザーをやってくれないかと代表の小内将人に頼まれた。そこで、この機会に前からやりたかったことをやってしまえ!と打ち出したのが、「フェラーリを日本に招聘して特集を組む」ことであった。これをやらずして何をやる?という感じだった。それまでの、フェラーリの日本で存在しないに等しい状況への憤りもあったが、何より自分自身が日本では聴けずにいる多くのフェラーリの音楽に触れる機会を作りたかったのである(そして2度の音楽祭を通してその願いはだいぶ叶えられた)。はじめ、本人は特に招聘せずフェラーリの特集コンサートだけ実施するという選択肢もあった。それでも当時の日本では画期的な企画になったはずだし、予算的にはそっちの方が楽だったことは言うまでもないが、僕は本人も日本に呼ぶべきだと主張した。今から振り返っても日本に招くことができて本当によかったと思う。翌年の2度目の来日後、2年で亡くなってしまったので、後から思うとあれが最後の動く機会だったのである。

 

 来日を実現させるとなるといろいろ解決しなければならない問題が山積していることは目に見えていた。その日から、取り上げる作品の選定、演奏家をどうするかなどを初めとして、様々な決めごとについてのフェラーリとの膨大なやり取り、芸術祭内での打ち合わせの日々が始まった(フェラーリとのやり取りは、ほとんどは本人ではなくブリュンヒルドさんと交わした)。金銭面については代表に任せていたので、よくは把握していない。音楽祭の日程は2002年1月26、27日の2日間にフェラーリ自身の講演とシンポジウム、コンサートが3つ、場所は北区滝野川会館と決まった。フェラーリを包括的に紹介するとなるとテープ音楽の特集は外せないが、器楽作品も入れたい。そんな折、この音楽祭とは無関係に、ピアニストの井上郷子さんがフェラーリを取り上げようと企画を進めていることが偶然わかって、出演していただくことにもなった。また、中川賢一さんや公募で見出した清水友美さんの参加も決まり、結果的に器楽はピアノ作品の比重が大きくなった(アンサンブル特集は翌年2度目の来日時に実現)。 (以下次号へ続く)

 

 

鈴木 治行  ( 作曲家 )

 

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