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リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

「リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術」(2)(5月10日の出版イベント(京都)のお知らせあり!)

 

全国二万五千人超のリュック・フェラーリファンのみなさま、こんばんは。

 

 

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リュック・フェラーリファンのみならず、現代音楽ファンの方にもぜひぜひおすすめしたい『リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術』(アルテスパブリッシング)。もう皆様一度くらいはお手に取っていただけましたでしょうか?

大友良英さんによる素晴らしい帯も含め、ぜひご一読いただけましたら幸いです。また今日は来月、5月の10日に京都の同志社大学今出川)で行われる本作の出版記念イベントについてもお知らせしちゃいます!

 

 

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リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ | アルテスパブリッシング

 

 

前回は本書のメインタイトルとなっているリュック・フェラーリのヘールシュピール作品” Contes Sentimentaux "(センチメンタル・テールズ)について紹介しましたが、今回はこのサブタイトル『あるいは自伝としての芸術』として使われており、本書に収録されている『自伝(Autobiographies)』についてお伝えしていきたいと思います。

 

このリュック・フェラーリの『自伝』は、『リュック・フェラーリとほとんど何もない』やジェフ・ミルズの『Man From Tomorrow』などでも知られる映画監督ジャクリーヌ・コーによる本『リュック・フェラーリとほとんど何もない 』(原題”Presque Rien avec Luc Ferrari”、日本語訳は現代思潮新社)の中でも印象的に引用されていましたが、引用がランダムで、またその全貌までは明らかになっていませんでした。

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今回の『リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術』では1970年から1992年までに書かれた(とされる)全18篇を完訳して収録しています。

書かれた(とされる)とカッコに入れたのはこの作成年やまた内容についての真偽を知っているのは実はリュック・フェラーリ本人だけしかいないからです。

 

この「自伝」の魅力は大きく分けて二つあります。

まず一つは「芸術家自身による(目くらましを含んだ)プロフィール」として。

そしてもう一つはリュック・フェラーリの作品の「作曲家の自己作品の解題」として。

 

リュック・フェラーリとほとんど何もない』から少しだけ引用してみましょう。

 

自伝No.5

「私は、ロワイヤンで、1907年2月12日に生まれた、と思う。」

 

自伝No.15

「私がモントーバンで1898年に生まれた時、外は嵐だった。」

 

 

 

「え?」と思われた方もいるでしょう。もちろんリュック・フェラーリが1929年生まれであることは歴史的には間違いのないことではあるのですが、それではなぜこのようなちょっとした悪戯のような「自伝」を書き始めた、書く必要があったのかはまだ謎と言えるでしょう。

またそれぞれの自伝にどのようなつながりがあるのか、ないのか、そういった部分も読み手の想像力をふくらませるかもしれません。

この「自伝」は現在では、最初、おそらくコンサートのプログラムノートでの自分のプロフィールを書く必要があった際に、こういうイメージをふくらませていくような方法が彼の頭をよぎり、それがきっかけとなってその後、折々につづられていったのではないかと考えられているようです。

というのもこの「自伝」においてリュック・フェラーリは自分、または自作品についても多彩に語っており、その自作品に関する部分については実際のところと符号している部分が多いからです。

 

そこで二つ目「作曲家の自己作品の解題」としての魅力について考えてみることにします。

この自伝が制作されたとされる時期は『プレスク・リヤン(ほとんど何もない)第一』から「回路の詩神」協会を辞めるまで、彼が外に向けて一番多彩な活動をしていた時期にあたります。この『自伝』はこの時期に制作された作品の解説になっている部分があります。例えば『切られた』や『ほとんど何もない』のような作品を聴く時に、この自伝を読むことは、当時の彼の視点や考え方を知る上で非常によい材料になるでしょうし、また『Journal Intime(日記)』のような作品と比較して考えてみるのも面白いと思います。

 

リュック・フェラーリ自身による読み物」として彼の諧味を知りつつ楽しめるのはもちろんですが、また一方でリュック・フェラーリを知るための基礎的な資料としても今回この『自伝』が訳出された意味は非常に大きいと思います。

 

 

 

リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術』、著者・訳者にはジャクリーヌ・コー著『リュック・フェラーリとほとんど何もない』(現代思潮新社)の翻訳を初めとして日本におけるリュック・フェラーリ研究の第一人者であり、また『デオダ・ド・セヴラック 南仏の風、郷愁の音画』で第21回吉田秀和賞を受賞している椎名亮輔さん、そしてドイツ語部分の翻訳ならびに解説にドイツのヘールシュピールの研究者であり、リュック・フェラーリのドイツ語作品の翻訳も手がけてきた筒井はる香さんが携わっています。

 

【速報!】

来月5月10日(火)19時(開場18:30)より、京都今出川にあります、同志社大学寒梅館クローバホールにて、椎名亮輔さん、筒井はる香さんを迎え、この「リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ」の発売イベント「大いなるリミックス 〜 センチメンタル・テールズ 〜 」が開かれます。入場は無料です!

司会にDJであり、オールピスト京都のプログラム・ディレクターでもある荏開津広さんをお迎えし、一体どのようなリュック・フェラーリ話が繰り広げられるのか、はたまたヘールシュピール話になるのか、興味はつきないところです。

なお、当イベントは「日・EUフレンドシップウィーク」の一環として開催されます。詳細につきましては、以下を参照ください。

《大いなるリミックス~センチメンタル・テールズ》| 【課外プログラム一覧】 | 同志社大学 課外活動

 

 

 

この本『リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術』は全国の書店で発売中です!

そして現在、アルテスパブリッシングのウェブサイトで購入された方には、特典のピンバッヂがついてきます。しかも送料は無料です!

 

ぜひこちらからご覧ください。

 

 

リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ | アルテスパブリッシング

 

なお本のタイトルともなっているヘールシュピール作品「センチメンタル・テールズ」は仏Shiiinから発売されていて、アマゾンのデジタルライブラリーでも音源のダウンロード販売が行われています。

shiiin 8 - brunhild & luc ferrari : contes sentimentaux

 

 

 

 

 

また文中で紹介した『Journal Intime(日記)』は昨年ドイツのTESTKLANGよりCD化されて発売されています。

 

【関連過去記事】

【告知】ついに出版!『リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術』(予告) - リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

 

 

「リュック・フェラーリ センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術」(1) - リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)