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リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

Festival FUTURA(フュチュラ)ってどんなイベント?

「2015年8月のリュック・フェラーリ関連イベント(欧州)」でもお伝えしたとおり、今月フランスではFestival FUTURA(以下フュチュラ)にてリュック・フェラーリの「ほとんど何もない」1番から4番までが演奏されます。フェラーリ没後10年の記念の年、しかも命日である8月22日に、このようなメモリアルなプログラムの上演がなされるというのは感慨もひとしおです。

 

ところで、フュチュラとはいったいどんなフェスティバルなのでしょうか?

ウィキペディアにもフランス語のページしかありませんので、この機会にご紹介したいと思います。

 

フュチュラとは、フランスのクレ市で毎年開催されている、アクースマティックとメディアのための国際芸術祭です。コンサート形式が中心の音楽祭ですが、映像やインスタレーションなども含んでいます。

 

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(2005年開催の様子)

 

ここでアクースマティックについて……。アクースマティックというのは、電子音響技術を使って聴覚のための作品を作りだす「音の芸術」を指す言葉です。非常に概念的な言葉ですが、現在では一般的に“アクースモニウム(多数のスピーカーとコンソールからなる音響装置)」によって上演される電子音楽”のことをアクースマティック音楽ということが多いです。

 

さて、フュチュラは1992年にフランス・ドローム県のクレにてロベール・キュルテ、ドニ・デュフールそしてジャン・フランソワ・マンジャールによって創設されました。

 

ローム県はフランスの南東、地域でいうとローヌ・アルプに位置し、ドローム川という象徴的な川が流れています。クレはドローム川をのぞむ小さな町です。(ちなみにパリからクレまでは約3時間。パリ・リヨン駅からTGV(新幹線)に乗って2時間超、リヨンを通過し、ヴァランスTGV駅でローカル線に乗り換えて1時間弱の小さな駅がクレ駅です。緑が豊かで、夏のヴァカンスにぴったり。川で泳ぐ人もいます)

 

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(川遊びに興じる人々)

 

そのクレにある塔(タワー)にて1993年9月、アクースマティック芸術への献辞を原点とするこの芸術祭最初のイベントは開催されたのです。

 

「クレの塔」はクレの町でもっとも重要な建造物です。もともとクレを覆う巨大な要塞の中心部で、その建設は12世紀にさかのぼります。ルイ13世が1633年に解体を命じ、その後19世紀まで刑務所として使用されましたが、1988年、歴史的記念碑として市が民間所有者から買い上げ、今に至ります。現在フュチュラの会場はこの塔ではなく、エスパス・ソベイヤンという体育館のような広いスペースですが、駅からスペースまでの道のりから頭上を見上げると、丘の上に高くそびえ立つ塔がのぞめます。

 

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(中世の威厳を感じるクレの塔)

 

さて、フェスティバルの創設者たちは塔でのイベントの後、アクースマティックを実験映画、ビデオアート、写真、視覚芸術などの隣接ジャンルと近づけたいと思うようになりました。アクースマティックの作曲家と映画・ビデオ・写真・視覚芸術の作家(そして観客)との間にはお互いに好奇心があり、言わば橋で繋がっているような状況があることを踏まえ、1995年以降フュチュラのキャッチフレーズ「アクースマティック芸術とメディア芸術の国際フェスティバル」としたわけです。アクースマティックだけに閉じるのではなく、アクースマティックと隣接芸術の発展的な関係をめざす宣言といえます。

 

また、既に伝統となっている作品や評価の定まっている作曲家の作品だけではなく、世界中に広く公募をかけて、経験を問わず新しい作品をプログラムに組み込んでいます。

 

フェスティバルの後には、コンサートで使用したアクースモニウムをそのまま設置し、アクースマティック演奏の講習会も開催しています。演奏の主任講師はジョナタン・プラジェ氏。2015年4月29日のフェスティバル・エクステンションで、フェラーリの「小品コレクション、あるいは36の続き」を鮮烈に演奏し観客を魅了したのも記憶に新しい、世界でも数少ないプロのアクースモニウム奏者から直接指導を仰げるという、なんとも贅沢な講習会です。

 

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(講習生は実際にコンソールテーブルに触れながらアクースモニウム演奏を学習する)

 

フェスティバルの歴史をみると、フェラーリの楽曲だけでなく、このブログでも幾度となく触れてきたフェラーリの周辺人物たちの作品も多数上演されてきたことがわかります。

 

1994年の第1回(93年の塔コンサートは第一回ではなく前夜祭という位置づけでした)では、GRMでの朋友ベルナール・パルメジアーニによる31作品を擁したレトロスペクティブが上演されています。

1995年の第2回(8月26日~9月3日)では、フェスティバル開催直前の1995年8月19日に亡くなったピエール・シェフェールの追悼コンサートが行われました。

1996年の第3回は、ラジオ・コンサートや、今では名物のオールナイトコンサートが始まりました。この年のゲスト・アーティストはフランソワ・ベールでした。

1997年と1998年にはピエール・アンリらの作品が、2000年にはミシェル・シオンらがゲストでした。

 

そして2001年に、我らがリュック・フェラーリが特集されました。その数25作品。塔では8月13日から19日までの間、フェラーリの音響インスタレーションと5つのヘールシュピール作品が続けて上演されました。自然に囲まれた歴史ある塔で、フェラーリインスタレーションとヘールシュピールはどんなふうに響き、どのような新たな物語が紡がれていったのか……想像が掻き立てられて止みません。

 

フェラーリの亡くなった2005年の8月22日は、ちょうどフュチュラでアクースモニウム講習会が開かれている最中でした。

ドニ・デュフールは講義中に、この訃報を講習生たちに伝えました。

 

その後は徐々に若い世代の作曲家も積極的に取り上げられるようになります。フュチュラの監督および実行委員長は2006年までドニ・デュフールが務め、その後ヴァンサン・ロブフが引き継ぎました。

 

さて、今年のフュチュラは第23回にあたります。

リュック・フェラーリの「ほとんど何もない」1番~4番が演奏されるのは、命日である8月22日の22時30分から。

リュック・フェラーリのオマージュ・コンサート」と名付けられたこのコンサートで、4曲続けてアクースモニウム演奏されます。

演奏者はナタナエル・ラボワソンさん。ナタナエルさんは1981年フランス生まれで、現在MOTUSのスタッフ、アクースモニウム演奏家、作曲家、研究者として活動されている女流音楽家です。ペルピニャン音楽院でドニ・デュフールらに師事した後、リールの大学で音楽学のDEAを取得。その後パリ第八大学で実験芸術の美学に関する論文で博士号を取得されています。気鋭の女性演奏家が魅せるフェラーリの世界に期待が高まります。

 

ちなみに第23回のフェスティバル・テーマは「習慣に逆らって」。

フェスティバル全体を通して、ルーティンやお決まりの教義を嫌い常に新鮮さと自由を愛したフェラーリへの共感を示しているようにも思われます。

フェラーリが亡くなってから、今年で10年。わたしたちは現在でも、フェラーリとともにいる。電子音楽系譜に綿々と流れる太い絆を感じる、そしてそれが未来(FUTURE)にも続くことを予感させる、そんなフェスティバルがフュチュラ(FUTURA)なのです。

 

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大会場に設置された巨大なコンソールテーブル(ミキサー)

(写真提供:渡辺愛)

 

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