リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

「プレスク・リヤン賞2013(Prix Presque Rien2013)講評」 (全文)

 

全国二万五千人超のリュック・フェラーリファンのみなさま、こんばんは。

プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)日本支局開設準備室では「プレスク・リヤン賞2013」の審査員を務められた椎名亮輔氏による「審査を終えて~プレスク・リヤン賞2013講評~」を改めて一挙掲載いたします。

ぜひ連載時とは違うスピード感をお楽しみください。

 

今回の「プレスク・リヤン賞2013」では100近いプレスク・リヤン協会本部への参加申し込み(正規ファイル請求)があり、審査対象としての要件を満たした37の作品の中からさらに最終候補となった16作品がこの審査会場に出品されました。

 

 

「審査を終えて~プレスク・リヤン賞2013講評~」

 

椎名亮輔

 

 11月も半ばのパリの雨は冷たい。前日からパリに入った私は、現在住んでいるバルセロナの温暖な気候に慣れ過ぎたか、厚手のシャツとジャンパーしか持って来なかった。そのためさらに予備のカーディガンを着込んで、寒さをしのぐ破目となったのである。シャロン通りをヴォルテールまで歩くうちに雨脚は強まって行き、待ち合わせは午後三時なのだが、もうあたりは薄暗くなって来ていた。アトリエ・ポスト=ビリッヒのある、シテ・ヴォルテールの袋小路へと左へ折れる角で、目の前を猫背の灰色の影がついと先へ滑って行く。同じ番地に吸い込まれて行ったが、私もその同じ入り口を開け二階に上り、ベルを押すとすぐにドアが開いた。

― ああ、リョースケ、わからなかった、そんなカスケットを被っているのですもの ー

ブリュンヒルドが私であることをわからなくさせた原因の帽子はこれも、パリの寒さに対するありあわせの防寒対策で、たまたま持って来ていたツェルマットで購ったスイス帽である。

 彼女に招じ入れられ、そこにすでに居た人々に紹介される。先ほどの灰色の人影は、プレスク・リヤン協会会長のダヴィッド・ジスだった。そして、クリスティアン・ザネジとスイス・ロマンド放送記者のアンヌ・ジヨー。その後、ほどなくして若い作曲家のヴァンサン・ローブフとベルリン・ドイツ放送プロデューサーのシュテファニー・ホスターも到着。当初は、オリヴィエ・ベルナール、マルクス・ガンメル、イルヴィック・ドリヴィエも審査員となるはずだったが予定が合わず、この日に審査にあたったのはフェラーリ未亡人ブリュンヒルドと私も含めて上述の7人だけとなった。

 審査は、ブリュンヒルドが淹れてくれたお茶を飲みながら、様々な意見をそれぞれが自由に述べ、話し合いながら、進んで行った。予選を通過したのは16名。それぞれについて曲の冒頭が流され、皆がどの人物がどの作品を作ったのかを認識しながら、点数を付けて行った。採点方法は星の数により、ゼロから3ツ星まで。各審査員の採点を一人ずつダヴィッドが聞いてノートを取り、最後に集計をするという形式だ。

 この方法では、場合によって非常に各審査員の間での意見のばらつきがあることがわかり、とても興味深い。それは各人のこれまでの経験によって培われて来た採点基準が非常に多彩多様であることから来る。そしてその経験を規定するファクターも、国籍・文化・教育・職業・性別・年齢・趣味など非常にたくさんのものが考えられるだろう。たとえば、還暦を過ぎ、現代音楽の最前線に常に居続けるフランス人男性作曲家のザネジと、まだ若くポップカルチュアに興味のある(と思われる、というのはこの直後にパリで催された日本のヴォーカロイド・オペラを見るのを楽しみにしていたから)スイス人女性ラジオ記者のアンヌでは、そのバックグラウンドがかなり異なっているはずだ。そしてその相違が今回のコンクールの採点結果の違いとなって現れて来るのは、否定できない事実なのである。

 しかしそこに、出来る限りの多様さを導入して、結果の画一化を避けようという努力が見られることもまた事実である。それは先述の審査員メンバー表を見ていただければ、了解してもらえることと思う。国籍(そして/あるいは)文化に関して言えば、ドイツ・フランス・スイス・日本があり、職業に関して言えば、作曲家・ラジオ関係・大学関係があり、性別はもちろん男性4人、女性3人、年齢層も見た限り20代か30代から70代まであったと思う。趣味に関しても、クラシック系もあり、ポップ系もあり、前衛や実験的傾向ももちろん考えられる。しかし、その誰もがリュックの音楽に対して深い理解と愛(それぞれの解釈であっても)を持っていることでは共通なのである。

 今回の審査会議においてはこうして様々なことが語られたわけだが、それらを踏まえて、これから今回のコンクールについてのいわば「講評」めいたものを少し書いてみよう。しかし、これから書くことは最終的にはあくまで私個人の感想であることを頭に入れた上で読み進めて欲しい。(つまり、その場でそれぞれの審査員が発言したことを基にしているとは言っても、最終的にはそれは私の ― 今書きつつある私の ― 記憶に基づいているのだから。)全体的に質の高い作品ばかりが16曲残った、あるいはもちろんそのような作品を第一次審査で残した(この審査はブリュンヒルドフェラーリダヴィッド・ジスがあたった)ということになる。そして、また注目すべきことは、その中に今回入賞したアヤコ・サトウの作品も含め、全部で5人の日本人作家が残ったということだ。ほぼ三分の一が日本人であったことになる。これは国籍別ではトップで、ちなみに次にフランスが3人、アメリカ・ベルギーから2人、あとはイタリア・コソヴォ・カナダ・フィンランド各1人である。日本の電子音楽のレヴェルは高いのだ、と素直に考えていいのではないだろうか。

 また年齢別で言うと、作品に添付されていた資料などでわかる者だけ見ると、30代が多く、合計5人、20代と40代が各2人、60代が1人、残り6人は不明である。しかし感じとしては、やはり大部分が30代なのではないだろうか。ここでも特筆すべきは一番若い20代2人が両方とも日本人であったことだ。大学出たてか、あるいはまだ大学生かも知れないが、いずれにせよ日本の音楽の高等教育において、電子音楽・コンピュータ音楽系の質がかなり高いことを示しているように思う。

 16曲全体を聴いた上での感想と言えば、まず全般的に5分から10分くらいの小曲に皆うまくまとめ、その中で自分の主張したいことを個性的に語っている、ということだ。またそれぞれのフェラーリ音源の使用の仕方も一つとして似たようなものがない。もう少しフェラーリの声なども聞こえてくるかとも思っていたが、それほど多くなかった。つまりは、かなり抽象度の高い作品が集まったと言えるだろう。しかし、水の音、ため息、爆竹、足音、引き裂く音などは、フェラーリ音源の特徴をよく生かし、またそれぞれの作品内のコンテクストの中でうまく使用されていたと思う。

 さて1位に輝いたブライアン・ジェイコブスの《Le La en Le》(翻訳は不可能だろう、「ラ」というのが音名の「ラ」と女性冠詞の「ラ」との掛詞だというのはわかるが。強引に訳せば「彼の中の彼女=ラ」?)だが、彼は履歴を見ると2007年にすでにLa Muse en Circuit(回路の詩神協会)主催のConcours Luc Ferrariリュック・フェラーリ賞)を受賞している。アメリカ、ニューヨーク生まれで今はオーストラリア在住の作家である。年齢はわからないが、おそらく30代ではないだろうか。あぶなげのない、しっかりした構成の作品で、すべての審査員から高評価を得ての1位受賞である。しかし私の個人的感想から言えば、あまりに「うまく」出来ているために、いわば「声の粒」とでも言ったものが感じられず、その点が物足りなく感じられたのも否定できない。

 次の2位、ジェイムズ・アンディーンの《Déchirure》(裂け目、裂けること)だが、作者は41歳のフィンランド人。彼の作品は実は、賛否両論が分かれたところであった。私などにはある種のドラマが感じられ、とても面白く聴けたのだが、ある審査員にとっては、余りに多くのものが詰め込まれ、その上、さまざまなエフェクトが余りに大げさで辟易するとまで言われたのである。確かに、作品の半ばで、虫の羽音が飛び回り、それが徐々に複雑になって行って、いわばクレシェンドした果てに、機関車の音に繋がっているところなどは、聴く者によっては「あざとい」というようにも感じられるかも知れない。この例のようにこの作品では、非常に大きく音像が動き回り、ダイナミック(あらゆる意味で)がとても多様である。しかし、その大胆さを私個人的には好もしいものとして感じたのだった。ちなみにタイトルはもちろんリュックの《引き裂かれた交響曲》への目配せと同時に、彼の作品の最後でもそのリュック音源「引き裂き音」が重要な役割を果たしていることを表わしている。

 さて第3位はアヤコ・サトウの《small stroll》(何と訳すのだろう、小さな散歩?)。これは実は私の個人的評価はそれほど高くなかった作品で、というのも、4分という小さい空間の中に(これは16作品の中で最小である)余りにたくさんのものが余り説得力もなく詰め込まれていると感じられたからである。しかし個々のアイディアには面白いものもあって、たとえばフェラーリの声と「含み声」(?)との絡みとか、リズム的背景のクレッシェンドとか、……しかし、それらが少しも発展されることなく、次々と移り変わってしまう。もう少し、言わば余裕を持ってそれぞれのアイディアをじっくり聴かせるというようにすると、作品に幅ができるように思われた。こうした評価もある程度、審査員全員の中で言われたものでもあったが、また同時にこの圧縮された諸要素、ある種の「混沌」が実は意図されたものであったのではないか、という意見も聞かれた。つまりはここでも審査員の意見は分かれたのである。そして平均的に過不足ない評価が与えられ、3位入賞と相成ったのであった。今後の展開に期待したいという言葉も聞かれた。

 以下には、入選には漏れたものの何らかの目立つ特徴を持った作品について述べてみよう。まず、次点で入賞を逃したマージョリー・ヴァン・ホーテレンの作品。彼女は60代のアメリカ人で現在は北仏に住んでいる。フェラーリと実際の接触もあったようだが、何よりリュックの声と自分の声を様々に絡み合わせている手法が特徴的であり、またこれも賛否両論分かれたところであった。英語や仏語で語ったり、歌ったり、うなったり、叫んだりする彼女の声の存在感が余りに大きく、ある審査員は余りに「自分が、自分が」という感じが嫌らしいと評していた。ちなみに次点の作曲家にはもう1人、カナダ人の作曲家がいた。そしてその下には同点4人が並び、そのうち何と3人が日本人であった。マサシ・イサイ(漢字での表記については資料がなかった)の《音の手紙》、タカシ・ミヤモトの《bone and cry》、ユカ・ナガマツ《Foot steps》で、後二者は二人とも20代、ミヤモトは何と21歳である。イサイ作品について言えば、友人の声による鉄道のアナウンスについて、何を言っているかわからないが、それを軸に音楽がよくまとまっていると高評価を得ていた。ナガマツ作品も足音を中心にある種の物語を紡ぎ出せているところを評価された。

 その他、紛争続くコソヴォからの応募(それも女性)であったり、二つの作品を同時に聴いてもいいし、別々に聴いてもいい、という作品とか(そのうちの一つはラジオの受信音を中心にした非常にミニマルなもの)、履歴書に「2005年から2012年まで休業していました」と書いて来た者もあった。

 いずれにせよ、再び言うが、かなり質の高い作品が多く集まって来たことは事実であり、これはリュック・フェラーリに関心を持つ若い(あるいはあらゆる年齢層の)芸術家たちの、自分たちの作品をただの遊びではなく、様々な評価に耐えうる高度な芸術作品として完成させていきたい、という熱意を明確に表わしていると思う。これからも、世界中から応募する人口はぞくぞくと増えて行くと思うが(受賞者、および応募者たちの国籍が、まったくフランス中心ではないことを審査員一同は大変に素晴らしいことに思っている)、そのそれぞれがリュックの遺したもの ― もちろん直接的には音源だけれども、それ以上のものが多々あるのを忘れてはならない ― をより深く理解し極めつつ、自分自身の芸術のさらなる向上を目指して欲しい、ということで、審査員全員は審査を終え、コンクールのこうした成功を祝って乾杯したのであった。 (終)

 

 

 

今回応募されたすべての皆様に、この場をお借りしまして深く御礼申し上げます。

また今回の「プレスク・リヤン賞2013」ポスター等の掲出にお力添えいただきました多数の大学、関係諸機関の皆様、またツイッターでの告知、リツイート、口コミなどで広報活動にご協力いただいたすべての皆様にも深く御礼申し上げます。

 

 

今日この講評を読んでみて、「どんな曲なのか、一度聴いてみたい!」と思われた方のために、ポッドキャストのリンクを貼っておきます。

Luc Ferrari, Bernard Parmegiani ... de l'émission Electrain de nuit - Radio France Musique

このリンクは講評でも紹介されていたダヴィッド・ジス氏とクリスチャン・ザネジ氏がDJを務めるラジオ番組"Electrain de nuit"での放送です。

この回では先日去られたベルナール・パルメジャーニの追悼特集とともにプレスク・リヤン賞2013の特集が組まれました。

 

プレスク・リヤン賞2013の”Le La en Le”(ブライアン・ジェイコブ)

2位のDéchirure(ジェイムズ・アンディーン)

3位のSmall stroll (佐藤亜矢子)

 

の他、最終選考に残り、講評でも触れられていた作品の中から、

Foot steps (永松ゆか)

Variation sur un même thème( Alexandre HOMERIN )

oto no tegami(委細昌嗣)

を聴くことができます。

 

 

 

 

なお、リュック・フェラーリのサウンド・アーカイブを使用することが唯一の条件である国際コンクール「プレスク・リヤン賞」(Prix Presque Rien、Presque Rien prize)は2年に一度開催されます。

 

 

日本支局開設準備室では、今後も引き続きプレスク・リヤン賞についての情報を発信していきます。

 

なお、年内の日本支局開設準備室の業務は12月26日までとし、2014年1月8日より再開いたします。

12月27〜1月7日の間に開設準備室へいただいた新規会員の受付、お問い合わせなどへのお返事は1月8日以降になります。

 

本年は読者の方をはじめ、様々な方に大変お世話になりました。

ブログからではありますが、改めて皆様の温かいご支援ならびにご協力に御礼申し上げますとともに、引き続き今後のより一層のご愛顧をどうかよろしくお願いいたします。

 

 

それでは、みなさまよい年の瀬をお過ごしください。

 

 

 

プレスク・リヤン協会 日本支局開設準備室

 

 

 

 

 

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