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リュック・フェラーリの『プレスク・リヤン協会』(簡易日本語版)

フランス現代音楽における重要な作曲家の一人である、リュック・フェラーリ(Luc Ferrari:1929~2005)に関する情報を主に日本語でお伝えします。プレスク・リヤン協会(Association Presque Rien)は彼の友人達によってパリで設立されました。現在もその精力的な活動の下で続々と彼の新しい作品や楽曲、映画、インスタレーションなどが上演されています。 なお、より詳しい情報は、associationpresquerien@gmail.comまでお問い合わせください

新作CD&DVD ”Symphonie Dechiree”(引き裂かれた交響曲)(前編)

 

全国2万5千人のリュック・フェラーリファンのみなさま、こんばんは。

今日から2回に分けて、先日Ars Novaより発売された”Symphonie Dechiree”(引き裂かれた交響曲)の紹介および椎名亮輔氏による付録の解説テクストの翻訳を掲載していきます。

 

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まずArs Novaでの紹介から。

 

Ars Nova Ensemble | Philippe Nahon, direction musicale

 

こちらはAmazonでの紹介

 

Symphonie déchirée: Amazon.fr: Luc Ferrari, Ars Nova: DVD & Blu-ray

 

日本では既に売り切れた様子ですね。

Amazon.co.jp: Luc Ferrari (1929-2005) Symphonie déchirée: DVD

 

開封すると、3面の正面が31Pのパンフレット、右側がDVD、左側がCDになっています。

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こちらは裏面の写真

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またDVDは4パートにわかれており、

1)指揮のフィリップ・ナオン氏とジャクリーヌ・コー監督による『引き裂かれた交響曲』演奏リハーサル模様をおさめた本編映像を見ながらの対談

2)ジャクリーヌ・コー監督による本編、

3)4人の関係者(フィリップ・ナオン氏、ジャクリーヌ・コー監督、椎名亮輔同志社女子大教授、ブリュンヒルド・フェラーリ女史)へのインタビュー、

4)また同じ4人の座談会風景の収録、というメニューなのです、(が、どうやら(1)の対談の副音声に入れ忘れがあるのでは?という情報があるようです……それ以外にもちょこちょこっとしたツッコミどころがあったりしますが、詳細は手に取った方、さらに見た人にもわかる……かな?)

 

なお、今回の”Symphonie Dechiree”(引き裂かれた交響曲)に収められているDVDは2011年に日本でも上映されたジャクリーヌ・コー監督による”Symphonie Dechiree”(引き裂かれた交響曲)ではなく、フィリップ・ナオン氏の演奏のリハーサル風景を主軸に構成されたものです。

 

この”Symphonie Dechiree”(引き裂かれた交響曲)の31ページのパンフレットの中には5ページ半に渡る椎名亮輔氏による解説があるのですが、残念なことに現在のところは日本語版発売の予定がないために、元々フランス語であった解説を日本語に訳していただきました。

かなりの長文になるために、前編と後編に分割して掲載します。

 

 

 

 

 

『今日、書き始めなければならない、ちょうど1年後の今日、あの東日本を襲ったカタストロフィーの1年後。あれは2011年3月11日だった。15000人以上の人が亡くなり、今でもまだ34万人もの人々が故郷を遠く離れ、避難生活を余儀なくされている。一つの声について語ろう。ある若い女性の声、南三陸町の庁舎から拡声器放送で津波の危険を知らせ、最後まで地域住民に避難を呼びかけ続けた声。しかし、彼女もまたその津波の犠牲となり、2ヶ月後に遺体となって発見された。痛切な悲しみ、これこそが「引き裂かれるような」想いだ。

リュック・フェラーリの《引き裂かれた交響曲》。ここでもまた彼の音楽の中の「引き裂かれ」が問題となる。彼の交響曲は「引き裂かれ」ているのだ。リュック本人も。彼は、こう書いている。「実際、引き裂かれるとは、2つに分けられることを言う。それも恐らく暴力的なやり方で。思いのままに語らせてもらうなら、大いなる生への欲望と野蛮を前にしての怒りを、両者同時に、感じているとも言えるだろう。反抗、怒り、快感、甘美さ、いかなる苦いバランスか、いかなる平衡状態の失墜か。絶望へ落ち込んでしまいそうなほどの。私、私はそんな中で引き裂かれているのだ」。その作曲は1994年12月から1998年3月まで続いた。その間に、彼は1994年、彼自身が設立したスタジオである「回路の詩神」(1982年創設)を辞任し、子ども時代から住み続けていたパリのアパルトマンから引っ越しを余儀なくされ、1998年に、ナシオン広場近くに個人スタジオを建てた。こうして当時リュックは、彼のスタジオから引き裂かれ — ということは、必然的に、長い間、仕事を一緒にしてきた仲間たちとも引き裂かれ — 、子ども時代の思い出のパリとも引き裂かれていたのだ。

しばしば、彼が自伝の概念を操っていたとは言え、《引き裂かれた交響曲》の「引き裂かれ」を厳密に個人的なものと看做しては、全く誤っていることになろう。そんなことをすれば、「野蛮」というこの激しい語彙を絶対に理解できなくなってしまう。1994年という年はまた、ルワンダにおける恐るべきジェノサイドがあった年だ。フランス政府は、その事件に疑わしくも、曖昧なやり方で介入した。リュックは、新聞や雑誌で見つけた関係記事を集めており、この巨大なスキャンダルを前にして非常に心を痛め、非常に怒っていた。第一、彼は《交響曲》の序において、こうはっきりと書いている。「この交響曲は、その内部において、全てのラシズム、全てのナショナリズムに対しての反抗を含んでいる。そして、全般的なやり方で、全ての純粋さに抗して立ち上がるのである」。これは、当時ルワンダで遂行されていた「民族浄化」のことを言っているとも考えられるだろう。

リュックは常にエレガントだった — もちろん音楽的にも — し、彼自身の感情を、詩的な表現、ということは必然的に多義的な表現によって、隠したり、曖昧なものにしたりしていた。この《交響曲》もまたそうだ。彼の辞任や、彼の引っ越しや、戦争も民族浄化も、決して語られることはない。我々は彼の作曲の出発点を想像することができるだけだ。第一、彼の頭の中でもアイディアが徐々に発展して行ったに違いない。彼は全てを音楽的に考える。それゆえ、上記の引用の直後に彼はこう言うのだ。「さてでは、それは音楽的にはどうなるだろうか」。そして全ては「反抗と官能、リアリズムと抽象、衝動的動きと形式主義的動き、エレクトロとアコースティックとの間の一種のバランス状態」となる。

この作品の中で見やすいのは、「エレクトロとアコースティックとの間のバランス状態」だ。というのもまさしく《交響曲》は、器楽による8つの楽章、それらの間にあるメモリー音(CD)による7つの〈インターリュード〉、そして一番最初にある、これもまたメモリー音による1つの〈イントロダクション〉から成り立っているからだ。こうして非常にはっきりとしたコントラストが形成される。しかしそれだけではない。というのも、「エレクトロ」部分と「アコースティック」部分は明確に区別されるわけではなく、お互いに浸透し合っているのである。たとえば、第1楽章からしてすでに、最初のCDが終わる以前から始まり、次のCDは器楽部分が始まって間もなく入って来るのである。このように、この音楽はエレクトロとアコースティックの一種の協奏曲とも言えるだろう。同様のことはほぼ全ての楽章について言えるが、2つの楽章だけが例外である。それは〈二重性〉と〈音色の戯れ〉で、どちらも純粋器楽の楽章である。そしておそらく〈反映の戯れ〉の楽章もそうかも知れない、なぜなら、この楽章もほとんど全部が器楽のために書かれているが、ただ唯一、真ん中に置かれて、この楽章を文字通り二分する、大きな「バッチャン」という音だけが録音されたものだからだ。「バランス状態」というのはだから言い得て妙で、単純なコントラストでもなければ、はっきり区別できないような混ぜこぜでもないのである。

「リアリズム」と「抽象」というのもまた、多かれ少なかれ明瞭である。しかしながら、前者が録音された部分(具体的な騒音、人の声、などなど)に対応し、後者が器楽に対応すると考えるとしたら、間違いである。ことはそれほど単純ではない。「リアリズム」は〈反映の戯れ〉内にまで、作曲方法および音色の選択(従って、音符の)として浸透している。リュックはこう説明している。「最初のシーケンスすなわち水面の反映では、水面上から見ると、水の表面で2つの光線がそれぞれの表にさざ波となって広がって行くのが見えた……。[だから]それぞれの反映について、2つの音符(短い)と1つの沈黙を選んだ……」。そして「第2のシーケンスすなわち水面下の反映については、さざ波が水底に光り輝く波動を描くのが見えた……。これらの線全体は、絶えず形作られては崩れて行く多くの菱形を作っていた……。だから、多くの異なる旋法で、しかし全て菱形で書いたのだ……」。マドリガリズムが復活したかのようだ!そして、〈ハダーフィールドの鐘〉では、彼がハダーフィールド(そこの現代音楽祭に彼は招待された)で聞いた鐘と、12歳のころに聞いたブランディ=レ=トゥールの鐘の「割れ鐘」の音色を忠実に模倣している。そのために彼は、6つの音を少しずつずらしてループにするという非常に単純な方法を用いている。これほど「リアリスト」的なものもないが、しかしまたこれらは器楽だけで出来ているのである。

「衝動的動きと形式主義的動き」についてもまた、見かけほど簡単ではない。ここには古典的な意味での形式はない。たとえば、第1楽章の〈和声の=調和的な侵入=挿入〉は、リュックが当初独立した作品として構想したものだが、それゆえ一番長いし(ただし最終楽章もほぼ同じ長さを持っている)、一番特徴がある。ここには、お互いに漠然と結び付けられた、自由で柔軟な、16個の「定式」があるだけだ。各々の定式では、使用される楽器の種類(木管楽器、打楽器、金管楽器、ピアノ、弦楽器……)といくつかの音高が指示されているのみ。確かに、演奏方法と強弱も指示されてはいるが、楽器編成と音符の長さと順序は自由である。このようにして出来上がった形式は、しかしながら、逆説的に正確であり、緊張感の高まりと弛緩の全般的な進行をはっきりと感じることができる。ここにこそ、恐らく、衝動と形式主義の間のバランス状態、あるいはもっと言えば、「反抗」と「官能」の間のバランス状態も見出すことができるかも知れない。というのも、ここで問題となっているのは、「音符の軽い愛撫の感覚に集中すること」だからだ。彼はこう説明する。「そうだ、その通り。これこそゆっくりとして静かな侵入=挿入である……」。そして最後にこう付け加える。「それ[タイトル、すなわち〈和声の侵入〉]が、その波動の中にもたらすことのできる、多様な曖昧さと共鳴を忘れることのないように」と。』

 

(後編へと続きます)